虎と朝までドライビング

5.

 その日も西郷の村には雪が降り続いていた。
 村役場とは名ばかりの小さな建物を抜け、村で一軒のガソリンスタンドの角を曲がった隣。そこが周の本日の目的地、西郷銀行だった。
 周は「西門ドライビングスクール」とロゴの入ったミニバンを駐車場と思しき銀行の裏手にバックで停めた。先週から降り続ける雪のせいで、地面には膝の高さまで雪が降り積もってしまっている。
 ギアをパーキングに合わせ、周はキーを引き抜いた。静かに停止するオートマ車のエンジン音に、やはり物寂しさを感じてしまう。左足一本でも運転できるよう、ペダルの部分を改造した周専用の車だが、便利だと思う反面、愛着が沸きずらい車でもあった。
(どうにも運転してる気がしないんだよな。素直に言うことを聞きすぎると言うか……)
 車を降り、そんなことを考えながらポケットの中でキーのボタンを押しロックをかけると、「あ」と周は気がついた。
(そうか。だから僕はあいつが嫌いになれないんだ)
 思い浮かべたのは、にやりと不敵に笑む赤い髪の生徒だ。
 泰我はマニュアル車のような男だ。扱いにくくて、少しアクセルを深く吹かしただけですぐへそを曲げてエンストを起こす。気分屋で、頑固で、お調子者で、人間臭い、マニュアル車そのもののような男だ。
(そんなことを言ったら、また怒鳴られそうだけど)
 想像して、くつくつと周は笑った。まだ出会って一週間も経たないというのに、泰我のことを考えると、次から次へと笑みが零れて止まらない。お腹の辺りがほっこりと暖かくなって、降りしきる雪の寒さも気にならなかった。
(いけない。こんなこと考えてる場合じゃないのに)
 銀行の入り口に立ち、周はぱんと両側から頬を平手で叩き気合いを入れ直した。
 よし、行くぞ。着慣れぬスーツの襟を正し、すっと背筋を伸ばす。
 昼休みの混雑も過ぎ、人気もまばらな行内に足を踏み入れる。周は辺りを一瞥すると、迷わず窓口へと向かった。
「すみません。先ほどお電話した西門ですが」
 そして、ガラス越しに窓口に座る女性行員に用件を切り出す。「ご用件は?」とすぐに淡々とした声が返ってきた。
「継続をお願いしておりました融資について、ご相談したいことがありまして。山本さんはおられますか?」
 その名を出すと、女性行員は一瞬だけ怪訝そうに眉を顰めた。現在西郷銀行の支店長を務めている山本と周の父である保之は同級生で、その縁から今まで自動車学校に格別な融資を取りはからってくれていたのだ。
「申し訳ございません。支店長はただいま来客中のためお取り次ぎいたしかねます」
「構いません。何時に終わりますか?」
「それは、ちょっと……」
 途端に女性行員の歯切れが悪くなる。
「失礼ですが、お約束は?」
「しました。さっき電話で。山本さんは会ってくださると」
「支店長は本日、定時まで打合せの予定が入っておりますが」
「そんなはずはない。さっき電話であらかじめ面会の約束を取り付けたんです。終わるまでここで待ちますから」
「お客様! 困ります!」
 このままでは埒が開かないと、周はロビーのソファに腰掛けた。女性行員の窓口の真ん前だ。女性が困り果てた顔をして立ち上がる。
 どこまでしらばっくれるつもりか。おおかた保之もこうして毎回追い返されていたのだろう。
「そうやって汚い手を使って追い返そうとしたって無駄だからな。僕は山本さんに用があるんだ。会わせてもらえるまで帰らない」
 声を張り上げると、何事かと居合わせた客が遠巻きに周を凝視する。すぐに窓口の向こうから警備員がすっとんできた。
「ちょっと君!」
 ガタイのいい大男に肩を掴まれる。
「離せ! 何するんだ!」
 周はその手を振り払った。自分は地上げのヤクザでもクレーマーでも何でもない。ただ、理由を知りたいだけなのだ。
 三年前、西郷銀行から借り入れた融資額は二百万円だったはずだ。それが、どうしてこの三年で三倍にも膨れ上がる?
 契約書の書面を何度確認しても分からない。西郷銀行の負債を補填するため他社から借りた保之名義の借用証明書は五社にものぼっていた。
「暴れるな! 警察を呼ぶぞ!」
 警備員が周の腕を引く。駆けつけた男性行員二名も手伝って、周は抵抗も虚しく床に取り押さえられた。ちくしょう――奥歯を噛み締め、周は悔しさに打ち震えた。
 水面に雫が落ちたように昼下がりの静かな行内にざわめきが広がっていく。「いやねぇ」「何の騒ぎかしら」ひそひそと響く陰口に、周は頬を染めた。
 羞恥からではない。己の惨めさに、自分を取り巻くすべての理不尽さに腹が立ったのだ。懸命にこらえていた拳がぶるぶると震えて自然と持ち上がる。
 いけない、ダメだ。息を呑んだそのときだった。
「すみませんが、その手を退けて頂けますか?」
「……っ?」
 聞こえたのはその場に似つかわしくない穏やかな声だった。
 周は顔を上げた。よく磨かれた黒い革靴、すらりと伸びた四肢をぴったり包む品のいい濃灰色のスーツ。
 突然現れた男は銀縁の眼鏡の奥で静かに微笑み、警備員に声をかけた。
「この人は私の昔の知り合いなんです。非礼な振る舞いはあとできちんと詫びを入れさせますので。どうかここはひとつ、私の顔を立てては頂けませんか」
「誰だね君は」
 警備員の眉根が寄る。しかしすぐに両脇に居た男性行員が慌てた様子で警備員の袖を引いた。青い顔をして耳元で何かを囁いている。警備員の顔がみるみるうちに強張っていった。
(何だ……?)
 途端に周を押さえていた力がふっと軽くなる。
「ありがとうございます。さ、行きますよ先輩」
 男が礼を言い、優しく周の二の腕を引き上げる。抱きかかえられるように起こされ、周はようやく男の顔を正面から見た。「あっ」と短く声があがる。
「お久しぶりです、西門先輩」
「藤、城……?」
 周は信じられない気持ちでその名を口にした。高校のときの後輩だ。同じ自転車部で、何度も一緒に汗を流し合った仲だ。
「覚えててくださったんですね」
「あ、ああ……」
「嬉しい」
 藤城はそう言って、何かを述懐するように目を細めた。「とりあえず行きましょう」と言われ、肩を抱かれたまま銀行を出る。
「それにしても驚いた。まさか藤城とこんなところで会うなんて」
 東京の大学に行ったんじゃなかったのか? 周は思ったままを口にした。
「私こそ驚きましたよ。久しぶりに会った先輩が見知らぬ男に両肩を床に押さえつけられて叫んでるんですから。何事かとひやっとしました」
 藤城は昔と変わらぬ穏やかな口調で言った。
「すまない。なんだか……その、迷惑をかけてしまったみたいで」
「構いませんよ。先輩のためならお安い御用です」
 片目を細め笑う。この癖も昔のままだ。けれど、記憶の中の藤城はこんなに背が高かっただろうか。こんなに大きな手をしていただろうか。
「……ありがとう。もう大丈夫だから」
 言って、そっと身を捩る。藤城の手がいつまでも肩にあるのがなんだか心地悪かったのだ。
「ああ。これは失礼しました」
「ううん」
 藤城がぱっと手を離す。周は首を振った。そして「いつ地元に帰ってきてたんだ?」と訊く。
「一昨年です」藤城は答えた。「大学を卒業後、資格を取りまして、今は地元で税理士として働いています」
「そう、だったのか……」
 周はぼんやりと答えた。大学、税理士、どれも周には縁遠い単語だ。なんだか知らぬうちに藤城が遠いところに行ってしまったような感覚。
「昔から頭良かったもんな藤城は。いや、すごいよ。立派なもんだ」
「とんでもないです。先輩こそ、ご活躍はかねがね……」
 素直に感嘆すると、藤城は大げさに謙遜した。けれど、その言葉が続くことはない。
 地元に帰ってきたということは、きっと藤城も誰かから聞いて知っているのだろう。事故でレーサーの夢を断たれ、西郷の村に帰ってきた周に対して、かつての同級生達はみな腫れ物を扱うようにその話題を禁句とした。
「それにしても一体どうしたんです? 先輩が銀行で揉めるようなこと……何かあったんですか?」
 藤城が心配げに眉を寄せ訊いてくる。少し背を屈め、周の表情を読み取ろうと鼻先の近くに顔を寄せてくる。
 周は無言で顔を背けた。かつての後輩にみっともないところを見られてしまった。支店長に会わせろだなんていくら必死だったとはいえ、もう少し他のやり方もあっただろうに。
 藤城は変わった。スーツをばっちり着こなしいかにもデキる社会人然としている。自分ばかりがいつまでも子供のままで、頭に血がのぼると浅慮なまま突っ走り続けている。
「ああ、雪がひどくなってきた」
 藤城が空を見上げる。白い息を吐く横顔は硬質で端正なラインを描く。
 きっと藤城は今まで借金に悩んだことはおろか挫折に苦しんだことすらないのだろう。穏やかな眼差しは勝者の安穏だ。
 八年ぶりに再会した藤城の目に今の自分はどう映るのだろう。なけなしの矜持だけが、震える周の足をその場に踏ん張らせていた。
 そのとき、ふわりと首元が温もりに包まれた。
「立ち話も何です。よかったら私の事務所へいらっしゃいませんか?」
 顔を上げると、藤城が自分のマフラーをほどいて周に巻いてくれたのだと知った。上質な白いカシミヤだ。やわらかな感触に、藤城にさりげない心遣いに心が揺れる。
 藤城はにっこりと微笑み、周の耳元で囁いた。
「先輩が今お困りのこと、私ならきっとお役に立てると思いますよ」
 それは、今まで聞いたどんな睦言よりも甘い誘惑だった。



 二時間ほど藤城の事務所に立ち寄り、教習所に戻ってくるともうすぐ時計の針が百八十度に開こうとしている時間だった。
 周は事務所のデスクの上にありったけの借用証明書を広げ、腕を組んでううんと考えていた。
 恥を忍んで、藤城に相談をして本当に良かったと思った。さすが専門家の意見は違う。
 藤城はまず、債務の整理から始めようと周に提案した。今まで複数の業者から借り入れていたものを一本化することで、過剰な支払利子を節減するのだ。
 そのためには新たにどこかからお金を借り入れなくてはいけないが、その業者は藤城が紹介してくれると言った。税理士の紹介ならば安心だ。
 自動車学校の経営が軌道に乗るまでは、コンサルタントを雇って、完済できるよう無理のない返済計画を指導してもらう。絶望的かと思われた未来が、藤城の話を聞いているうちに徐々に開けていく感動といったら、周が思わず鼻歌を歌ってしまうほどだった。
(やっぱり持つものは優秀な友達……いや、後輩だな)
 藤城はまた明日も事務所へ来るようにと言っていた。実際に契約書類の文面を見て、周の代わりに諸手続きを進めてくれるそうだ。
 なんて心強い助っ人か!
 ほんの二時間ほど前まで周の気持ちをドン底にまで沈めていた忌々しい借用書類を片付けて、教習手帳を手に取ると、周は所長席の後ろのキャビネットへと向かった。
(たしか、権利書って言ってたっけか)
 借入先の一本化に先がけ、元手となるお金を借りるには、なにか担保となるものを用意したほうがいいと藤城は周にアドバイスした。何の審査もなしに多重債務者にお金を貸してくれるほど、世の中の業者は甘くない。
 だが、担保と一口に言われても、周にはぴんとこなかった。尋ねると、価値の変わらないもの、たとえば不動産のようなものがいいとの返事だ。不動産……言われてすぐに思い当たったのは、教習所の土地だ。しかし、いくら担保とはいえそんな大切なものを差し出すわけにはいかない。では、家か。しかしそれでは、あまりに狭すぎて不動産価値が見込めないと却下された。そうなると残るは……
『裏山……なんてのはダメだよね?』
 ハハ、と駄目もとで訊いてみる。教習所の裏手に広がる里山も、一応先祖代々の西門家の土地だ。もっとも手入れもしてなければ荒れ放題で、とても値段のつかないような山なのであるが。
『……いいんじゃないですか?』
『えっ、いいのかよ!』
 だから、藤城が生真面目な顔でそう頷いたときは、思わず裏返った声で聞き返してしまった。
 毒にも薬にもならないと思っていた裏山の所有権がまさかこんな形で役に立つなんて。
「権利書……? 権利書、どこにやったんだ父さんは……」
 周はごそごそと棚の中を漁った。あちこちに乱雑に積まれたファイルの山に、探す前からげんなりとやる気が削がれていく。
(父さん、どこ行ったかな……)
 事務所内を見渡すも、保之の姿は見えない。ホワイトボードを確認しても、特に教習に出ているわけでもなさそうだ。どうやらまた裏山へ石拾いに出かけたようだ。
(……ったく)
 思わず舌打ちをしたときだった。
「ん?」
 前方に視線を向けると、休憩室の入り口に泰我が立っているのが見えた。周に背を向けて、何やら手元をじっと見つめている。
 よかった。探す手間が省けた。
 周は意気揚々と教習手帳片手に泰我の背後に回った。そして少し背伸びをして、
「検定試験の勉強は終わったのか?」
「おわっ!」
 渾身の膝かっくんを食らわすと、泰我は期待通り大きくバランスを崩した。
「周っ、お前っ」
 泰我が勢いよく振り返る。
「断りもなしに人の背中取るんじゃねぇよ! 幽霊かテメェは」
 言葉では怒りつつも、本気で嫌がっていないのは一目瞭然だった。
 むっつりと眉を寄せるのはいつも照れ隠しのとき。伊達に長く赤虎観察日記を続けてはいない。
 ふふん、とイタズラが成功したことに満足して笑っていると、
「……どうかしたのか。顔色悪ぃぞ」
「え」
「本当に幽霊みたいな顔しやがって。ちゃんと寝てんのか? メシは?」
 と言って、突然泰我が額に手を当ててきた。
「うわっ……、ちょっと」
 泰我が真剣な眼差しで顔を近く寄せてくる。突然の行動に周はたじろいだ。
「よし、熱はないみてぇだな」
 どうやら、観察されていたのは自分のほうだったらしい。日頃からそんなに顔に疲れが出るほうでもないのに、泰我はよく気がついたものだ。
「……お前は僕の母親か、まったく」
 思わず呟くと、
「当たり前だろ。舎弟の体調管理は親の務めだ」
 と、いつもの舎弟論だ。「はいはい」と軽く流し、泰我の手を下ろさせる。
 どっきりを仕掛けたつもりが、完全に返されてしまった。悔しさに唇を尖らせ、周は新たな攻撃目標に狙いを定める。
「なに眺めてたんだ?」
「んぁ?」
「さっき。僕が声かける前。随分、真剣に見てたじゃないか」
 周は泰我の後ろを覗き込む。いつも漫画を読むかソファで寝てばかりの泰我が興味を引かれるなんて、何か物珍しいものでもあったのだろうか。
 しかし、その棚の上には保之が収集した天然石のコレクションが所狭しと鎮座しているだけだった。
「……まさかこの石?」
 周は訝しげに眉を寄せ、その中の一つを指差した。先日、保之が雪の中拾ってきたばかりの黒い石だ。その一つだけ、微妙に動かしたあとがある。
「何でもねぇよ」
 泰我はどこかばつが悪そうに否定し、「ちょっと気になっただけだ」と小さく呟く。
「ふぅん。ま、別にいいけどね。けど、ちゃんと手は洗ってこいよ」
「あ?」
「その真っ黒な手でハンドルを握るなんて真似は許しません」
「うおっ、いつの間に」
 泰我が慌てて自分の両手を広げて見る。そこは鉱石から落ちた黒い粉がべったりとこびりついていた。あの石を触ると汚れるのは周も痛いほどに経験済みだ。
 泰我が走ってトイレに向かう。ほどなくして「そういうことは早く言えよな」と手も拭かずに戻ってきた。
「さぁ、行くぞ。今日は縦列駐車だ。わりとみんなもてこずるところだから、一回でクリアできなくても車にあたらないように」
 周は溜め息をつき、泰我の教習手帳をめくりながら言った。あんなに白かった手帳も、今では随分と判子が増えた。
 この判子を勝ち取るまでに泰我は何台教習車に廃車にしかけたことか。周の脳裏でそろばんが音を立てて弾かれる。
「あのなぁ周」
 泰我がぶうたれた声で訊いてくる。
「お前、俺のこと何だと思ってんだよ」
「暴れん坊の虎将軍」
 周は即答した。
「はぁ? 意味分かんねー。もっと格好いいのにしろよ。タイガー仮面とか」
「……僕にはお前のセンスのほうが分からないよ。格好いいのかそれ?」
「嘘だろ。タイガー仮面も知らねーなんて。お前さてはもぐりだな」
「……雪国ではみんな冬はコタツにもぐってるんだよ。悪かったなテレビの電波が届かなくて」
 軽口を交わしながら、自動ドアをくぐる。日が落ちたばかりだというのに、風が身を射すほどに冷え込んでいる。空は薄い紫だ。
 寒む。スーツの袖に手首を潜らせ、教習車へと向かう。その道すがら泰我がよからぬことを宣言してきた。
「まぁいいさ。そうしたら自力で惚れさせてやるだけだ」
「は?」
「その縦列駐車ってやつ。一発で決めたら、格好いいか?」
「何を言ってるんだか分からないんだけど」
「だーかーら。一発で修了できたら、俺は格好いいかって聞いてんだよ」
 スウェットのポケットに手を突っ込んだまま、泰我が顎先だけで振り返る。
 薄暗がりの中で表情はよく見えなかったが、きっとまた冗談を言って自分をからかっているのだろう。
 だが、その手にはもう乗らない。
「そうだね。格好いい格好いい」
「マジで?」
 超、がつくほど適当に流してやったのに、泰我はがぜんやる気になったようだ。
「よし、決めた。絶対一発で決めてやる」
 歩きながら、泰我はそう言って、シュッシュッと寒空に向かってシャドーボクシングを決めている。
 まったく。その集中力を少しは運転にも生かしてくれればいいものを。
「もし一発で決められたら、今日の判子は紙じゃなくて、ここにキスってことでいいよな」
 教習車に乗り込むと、泰我は自分の頬を指でつついて見せた。
 まともに取り合うのも面倒臭くなって「ご自由にどうぞ」と投げ遣ると、泰我は目に見えて気合いを入れた。シートベルトを居合い抜きのような速さで装着する。
「見てろよ周。本気の俺を見せてやるぜ」
 泰我が不敵に笑う。目をギラつかせて、まるで今から敵陣に乗り込むヤクザのようだ。
 だが、不器用な泰我のことだ。どうせ一発でクリアできることなんて天地がひっくり返っても起こらないだろう。
 そう思って安心していたのだ。
 このときは――。