棒人間は愛を乞う

6.

「なっ、何をするんだ」
 尻を蹴られ、ベッドの上に突き飛ばされる。槌木はクローゼットから河辺のネクタイを取り出すと、ベッドに乗りあげ、河辺の両手を背中で一つに縛りあげた。
「あなたに思い知らせてあげようかと思いまして。まだ、自分の立場がよくわかってないみたいだから」
 こんなに低い槌木の声を初めて聞いたような気がした。
「ああ、本当だ。本当にこんなにたくさんオモチャがある」
 槌木はベッドの下の引き出しを漁ると、目的のものを見つけうっすらと微笑んだ。
「俺とヤる前はどれがお気に入りだったんですか? アナニストの変態さん」
 どん、と背を押され、ベッドの上にうつ伏せにさせられる。腰を高く持ち上げられ、下着ごとズボンを引き下ろされた。露わになった尻の狭間にオモチャを突っ込まれる。
「イッ……!」
 まだ何の施しもしていない蕾に無理矢理押し込まれたのは、河辺の手持ちの中で最も太い肌色のディルドだった。
「いっ、痛い……やめ」
「痛いことないでしょう? ろくに慣らしてもいないのに、すぐこんなにだらしなく拡がって。この分ならもう一本入りそうですね」
 全身を強張らせ悲鳴をあげるも、槌木は片手で河辺を押さえつけ、さらにもう一本オモチャを手に取ると、拡がった穴の隙間に強引に捻じ込んでいった。今度は人差し指ほどの太さのごつごつとしたアナルスティックだ。
「あ……、あ……やめ……」
「ほら、入っていった。おいしそうに飲み込んでいきますよ」
 両腕を後ろ手に縛られているため、もがくこともできない。河辺は奥歯を噛みしめ、恥辱に耐えた。
「どうして……、どうしてこんなことをするんだ。ひどい……」
「ひどい? 何言ってるんですか。あなたが言ったんでしょう。誰でもいいって。棒なら何でもいいっていうから、他の棒も試させてあげようかと思いましてね」
「ひっ、ぃア……あっ、やめ……っ」
 二本のオモチャを交互に抜き差しされる。前立腺をもろに刺激され、電流のような痺れが走った。目の前がちかちかする。
「あなたは尻の穴を犯されて喜ぶ、ただの変態なんですよ。いい加減認めたらどうですか」
「ひいっ……、ひい……」
 河辺は泣いた。過ぎる快感にぼろぼろと涙がこぼれてくる。自分の手で動かすときと違って、容赦のない力で中を擦られると、痛みの中に恍惚とした波が襲ってきた。
「あっ、だめっ……だめだ、そこっ……」
「嘘つき。ここがイイんでょう?」
 槌木が執拗にS字結腸の入口ばかりを突いてくる。そんなに奥深くをごりごりと押され、圧迫されるのは初めてで、悲鳴のような喘ぎ声がひっきりなしに洩れ出た。
「あっ……あ、っ……ッ――」
 河辺はがくりと肩を落とした。びくびくと全身を震わせ、ベッドの上に突っ伏す。下半身に力が入らない。口許がゆるみ、涎が頬を伝った。
「もうイッたんですか。堪え性のない体ですね。そんなに気持ちいいですか。このオモチャが」
「うっ……、うっ……」
 ひどい。あんまりだ。今まで何度も槌木に抱かれてはきたが、ここまでひどい言葉で嘲られ、乱暴な扱いを受けたことはなかった。
 それなのに、射精はおろかまだ勃起もしてもいないのに絶頂に達した。体がおかしくなってしまったみたいだ。
「抜いて……抜いてくれ」
 もぞもぞと尻を動かす。いつまでも槌木に見られているのが恥ずかしかったからだ。
「いい眺めですね。こんなことなら、あなたの意思なんか関係なく、もっと早くからこうしてあなたを縛りつけておけばよかった」
 だが、槌木はうっとりとした声を聞かせるだけだった。
「こうやって無理矢理にでもあなたを犯して、快楽を教え込んで、俺なしの体じゃいられなくなるぐらい、強引に俺のものにしてしまえばよかった……。気づくのが遅くなってしまってすみませんでした」
 槌木が後ろから覆いかぶさってくる。優しい声はいつもと変わらなかったが、今日はとても怖かった。
 体を引っくり返される。槌木は河辺のペニスの根本をローターのコードできつく縛りあげると、微笑んだ。
「よく似合ってますよ。明日になったら、新しいオモチャと一緒に首輪も買ってきてあげますからね」
 その言葉の通り、槌木は翌日、赤い革でできた犬の首輪を買ってきた。全身を縄で縛られ、ベッドの足に繋がれる。そして、日中はバイブを尻の中に突っ込んだまま放置された。
 槌木は気まぐれに帰ってきて、河辺に最低限の水と食事を与えると、オモチャを使って河辺を思うさま陵辱した。
 どれだけ感じて限界までペニスが膨らんでも、根本を縛られているため射精まで至れない。だが、射精を伴わない深い絶頂は際限なく河辺を襲い、徐々に河辺の体力と正常な思考を奪っていった。
 一体今日が何月何日で、自分がここに閉じ込められてどれぐらい経つのかわからない。会社はずっと無断欠勤している。このままではまずい。その日、河辺は勇気を振り絞り、帰ってきた槌木に訴えた。
「会社に……会社に行かせてくれ」
「会社に?」
 槌木は目を丸くした。
「そんなに汚い格好で会社へ行こうって? 正気ですか?」
 鼻で笑われ、河辺は羞恥に頬を染めた。もうずいぶん長いこと風呂に入っていない。全身が汗と垢でべたついて、においもひどかった。
「体を、洗わせてくれ」
「だめです」
「せめて、縄を」
「外したら逃げるでしょう?」
「トイレに行きたい」
「ここですればいいじゃないですか」
 取りつく島もなかった。槌木はベッドに横座りになり、わがままを言う子供をあやすように河辺の頭を撫でてくる。
「俺はどんなあなたを見ても嫌いになったりしませんよ。どんなに薄汚れて、ベッドの上に汚いものを撒き散らしたとしても、変わらずあなたを可愛がってあげます」
 綺麗な笑みを浮かべる槌木が恐ろしい。どうしてこんなことになったのだろう。手酷い言葉を投げつけて槌木を怒らせたから? 槌木は自分に復讐をするため、こんなことをしているのだろうか。
「会社へなんか行ってそこに何があるんです。あの場所は、あなたにとって窮屈な場所だったはずだ。何の未練があるんです?」
 たしかに会社は窮屈な場所だった。けれど、働かないと生きていけない。そんな簡単なことがどうして槌木はわからないのか。
「仕事なんて辞めればいい。俺が食わせてあげますよ。あなたが俺のものになってくれるなら、あなたのわがままを何でも聞いて、誰よりもあなたを甘やかしてあげます」
 河辺は首を横に振った。仕事を辞めるなんて冗談じゃない。槌木の甘言に乗るのも絶対に嫌だった。
「強情な人だ」
 頬を叩かれる。髪を掴まれ、無理矢理上を向かされた。
「外で見るときのあなたはいつも、何かを我慢しているような気がしていた。俺と抱き合っているときのあなたのほうが、とても自然だと俺は思いましたけどね」
 頬に唾を吐きかけられ、キスを受ける。ひどく乱暴な仕草に、ぞくぞくと背筋が震えた。
 と、槌木が河辺の中を犯すオモチャを一気に引き抜いた。栓を失うと、そこがひくひくと浅ましく動くのが自分でもわかった。
「俺のことが欲しくなりましたか?」
 槌木がズボンを下ろす。下着から取り出したペニスを右手で扱いていた。逞しい大きさに、自然と喉が鳴った。
「ほ、ほしい……」
 掠れた声で訴える。
「そうですか」
 槌木は頷いた。ひくつく穴に槌木のモノが押し当てられる。期待が一気に高まったとき、
「でも、あげません」
 と言って、槌木はにっこりと笑った。槌木が腰を引く。河辺は唇をわななかせた。「あ、あ……」と声が洩れる。欲しい。欲しくてたまらないのに、どうして与えてもらえないのか。槌木は河辺を監禁してから一度も河辺を抱こうとはしなかった。
「あなたは、長年俺がどれだけあなたを欲しがっていたか、思い知るまでそのまま苦しめばいいんだ」
 ぱんぱんに腫れたペニスを足の指で挟まれ、擦られる。けれど、根本を縛られているから射精したくても出せない。河辺は悲鳴のような声をあげ、泣き狂った。その姿を見て興奮したのか、槌木は右手を動かし、河辺の顔に精液をぶちまけた。
 こんな生活が永遠に続くのだろうか。河辺がそう諦めかけた、ある日。
 玄関で物音がして、河辺ははっと顔をあげた。槌木は仕事が休みのようで、河辺をベッドに放置したまま、寝室の椅子に腰かけ朝から本を読んでいる。階段をのぼってくる足音に気づいていないのか、気にする素振りを見せない。
 と、寝室の扉が開かれ、見慣れた長い黒髪が顔を覗かせた。千恵だった。
「千恵……っ、たすけ……助け……」
 河辺は声を振り絞り、千恵に助けを求めた。自分を監禁する狂った男から、自分を助けてもらいたかった。
「ああ、もうタイムリミットですか。残念だなぁ」
 槌木は本を閉じると、慌てた様子もなく、左手にはめた腕時計に視線を落とした。
 千恵は寝室の入口でドアノブに手をかけた状態のまま、石のように固まっていた。夫である自分が尻に何本もオモチャを突き刺され、ベッドの上に縛り付けられている異様な光景に面食らっているのだろう。
「亘さん、どうして……」
 しかし、千恵の唇から洩れた第一声は予想外のものだった。千恵は河辺にではなく、まっすぐ槌木を見て言った。
「何を、しているの?」
「何って、見ての通りですよ。あなたの旦那さんが体が疼くっていうから、それを解消するお手伝いを」
 槌木は椅子に座ったまま、紫色のローターをぶらぶらと指に絡めて遊び始めた。千恵はそんな槌木を呆然と見つめていた。
 どうして千恵は槌木の名前を知っているのだろう。二人は知り合いだったのだろうか。
 混乱する河辺を尻目に、槌木は手元のリモコンを操作した。途端に尻に入ったバイブの振動が一段と大きくなり、河辺は「ひっ」と悲鳴をあげた。ベッドの上で全身を痙攣させ、芋虫のように転がる。
「あなたの旦那さんは、オモチャでお尻を犯されて喜ぶ変態なんですよ。早く別れたほうが正解なんじゃないですか?」
 槌木のせせら笑う声。千恵の顔がみるみるうちに強張った。
「俺も大変でしたよ。あなたと旦那さんと、両方の欲求不満に付き合わされて。ああ、そういえばあなたに紹介した弁護士のあの男、もういい加減しんどいから、あなたと付き合うのをやめたいって零してましたね。そろそろ解放してあげたらどうですか?」
 千恵の頬が真っ赤に染まった。
「いつまでも、好きでもない年増女の相手もしていられないでしょう」
 と、乾いた音が炸裂した。千恵が槌木を平手打ちにしたのだ。千恵は弾かれるように踵を返し、部屋を出ていった。足早に階段を駆け下りる音。ほどなくして家の中から千恵の気配が消えた。
「出ていっちゃいましたね」
 ぶたれた頬を押さえながら、槌木はうっそりと呟く。ちっとも悪びれた様子はなかった。
「な、何を……何をしたんだ、千恵に」
 河辺は恐る恐る問いかけた。
「あなたを落とすためにまず外堀を埋めていきました」
 槌木は平坦な声で答えた。何を言っているのかわからず瞬きを繰り返していると、
「二年前ぐらいからでしたかね。俺は毎週日曜日、金沢から高速バスを使って東京のフラワーアレンジメントの教室に通いました。そこにあなたの奥さんが通っていると聞いていたので、自然と知り合う機会を作ったんです」
 と、槌木は説明した。
「奥さんとはたちまち親しくなりました。彼女に気にあるふりを装って相談に乗って、浮気相手の紹介もしました。彼女必死でしたよ。子供が欲しいって言ってね。可哀相にゲイとも知らず俺にまで乗っかってきたりもして」
 槌木がクッと腹を抱えて笑う。脳裏に浮かんだ嫌な予感に、河辺は唾を飲み込んだ。
「……千恵と寝たのか?」
 問う声が震えた。まさか。そんなわけない。どうか違うと。自分の勘違いだと言ってくれ。縋る気持ちで槌木を見つめていると、
「寝ましたよ。一度だけね。でも勃たなかった」
 槌木はそう言って、あっさりと肯定した。
「俺はもともと女には勃たない人間なんです。それでも無理をして、どうにか彼女と繋がろうとした。なぜだかわかります?」
 槌木は立ちあがった。
「あなたが抱いた女だったからですよ。彼女を通じて、あなたと繋がりたかった。擬似セックスっていうんですか? 自分でも歪んでることは気づいてますよ。だけど、そうしてでも、どうしてもあなたに触れたかった」
 槌木はベッドの上に乗りあげると、河辺をまたぐように身を屈め、そっと手を伸ばしてきた。頬を愛しげに撫でられる。ぞっと背筋が凍った。自分を見つめる槌木の目はもう正気の色じゃない。
 キスをされそうになって、思わず顔を背けると、槌木は傷ついたように顔をくしゃりと歪めた。「あは、あはは」とひとしきり甲高い声で笑う。
「でももう限界です」
 しばらくして、槌木は力なくうなだれた。
「俺を解放してください。あなたを好きだと思う気持ちから、俺をもう解放させてください」
 槌木が両手で顔を覆う。震える肩は泣いているようにも見えた。
「あなたといるとどんどん自分が嫌な人間になっていく。つまらないことにも嫉妬して、何が悪いことなのかも判断がつかなくなって、平気でひどいことをするんです。俺は、こんな人間じゃなかったはずなのに……」
 槌木は顔をあげた。虚ろな目をして、河辺の首にはめた赤い首輪をなぞってくる。
「あなたを愛しているのに、たまにどうしようもなく憎らしくなるんです。いっそひと思いに殺してしまいたくなるほど……どれだけ願っても俺の手に入らないものなら、想うだけ無駄ですから」
 河辺の首に両手が添えられる。そのまま力を込め、ぎりぎりと絞めつけられた。
 息が止まる。苦しい。苦しい。河辺は自由にならない手足を必死にばたつかせた。
 びくびくと痙攣する体を槌木は黙って見下ろしてくる。槌木の頬には静かに涙が伝っていた。狂気に駆られる男が怖くてたまらないはずなのに、流れる涙をとても綺麗だとも思った。意識が霞む。次第に苦しさが恍惚へ変わり、じわりと失禁した。
 槌木はそこではっとしたように手をゆるめた。呼吸が戻り、河辺は盛大に咳き込んだ。涙の滲む瞳で、槌木を見あげる。
「つ、槌木……」
「すみませんでした。あなたに当たる理由なんてどこにもないのに」
 伏せられた顔はよく見えない。呟く声は低く掠れ、聞き取るのもやっとだった。
 そしてしばらく沈黙が落ちたあと、
「安心してください。もう関わりませんから」
 槌木はそう言っておもむろに河辺の手足を縛る縄をほどき始めた。久しぶりに血の巡り始めた肌はどくどくと脈打って、槌木にさすられると甘く痺れた。
 すべての拘束を解かれ、ぐったりとベッドに沈み込むと、槌木は愛しげに河辺の頭を撫でてきた。共に過ごした穏やかな夜と、何一つ変わらない優しい手つきで。
 自分を見つめる槌木の切ない目に、胸が詰まった。何か言わなくては。思ったがうまく言葉が出てこない。
 槌木が体を起こす。ベッドに一人取り残され、河辺は「あ……」と声を洩らした。
 しかし、それを何と勘違いしたのか、槌木は口許だけで笑うと、
「体が寂しくなったらここに電話するといいですよ。プロがやってきて、俺なんかより何倍もあなたを気持ちよくさせてくれる」
 と言って、胸ポケットからピンク色のチラシを取り出した。ベッドの上に投げられる。大きな文字で電話番号が書かれた、男専門のデリヘルのチラシのようだった。
「どうぞお幸せに」
 そう言い残すと、槌木は去っていった。