棒人間は愛を乞う

3.

 ジリリとけたたましい音が鳴って、河辺ははっと瞼を開けた。
 視界に入ってきたのは、見慣れた自宅の寝室の天井だった。手を伸ばし、枕元に置いた目覚まし時計を止める。
 カーテンの隙間から爽やかな朝日が差し込んでいる。むくりと体を起こすと、真冬特有の肌寒さに身震いした。
 河辺は気だるい体に鞭打ち、ベッドから足を下ろした。スリッパを履き、浴室へと向かう。寒いはずなのに、嫌な夢をみたせいで全身にじっとりと汗をかいていた。
 出張先で男と関係をもったあの夜から、河辺はよく眠れていなかった。
 どうしてあの男は自分の本名を知っていたのだろう。考えるのはそのことばかりだった。男が最後に果てる際、切ない声で漏らした言葉を思い出し、河辺はぞっと背筋を凍らせた。「河辺さん」と男ははっきりとした発音で自分の名前を呼んでいた。
 何かの聞き違いだと思いたかった。あのとき、自分は酔っ払って、どこかでうっかり男に本名を名乗ってしまっていたのだろうか。それとも、自分がシャワーを浴びている隙に、男が財布の中に入れておいた自分の名刺を勝手に見たのだろうか。
 わからなかったが、途端に怖くなって、河辺は男が眠りに就いたのを見計らって、脱兎のごとくホテルから逃げ出した。
 それ以来、もう一月以上が経とうとしているのに、毎晩あの夜の夢ばかりを見る。気ばかりが昂ぶって、満足に眠れるはずもなかった。寝つきが悪い。眠りが浅い。脱衣所の鏡で見た自分の顔は青白く、目の下には大きな隈ができていて、まるで幽霊のようだった。
(忘れろ……忘れろ……あれはただの悪い夢だ……)
 河辺は何度もそう自分に言い聞かせた。
 一夜だけの関係だ。あの男とは、もう出会うこともないだろう。連絡先は教えていないし、男の住まいは遠く離れた地だ。本名を知られたところで、もう二度とあの店へ行かなければいいだけの話だ。
 あの夜のことはなかったことにして、すべてを忘れる――。
 そう決めたはずなのに、何度も男に犯される夢を見た。夢を見るたび、河辺は股間が濡れる感触で目を覚ました。直接的に弄っても反応を示さなかったペニスが、男に触れられる夢を見ただけで簡単に勃起する。
 自分の体は一体どうしてしまったのだろう。
 朝日の差し込む明るい浴室の中で、シャワーを浴びながら、河辺はアナルを使って自慰をした。
 思い出すのは、男の荒い息づかいと、自分の中を犯す圧倒的な質量。男は自分の名前を呼んで、浮かされたように「好きです」と何度も繰り返していた。
 あの男は誰だったのだろう。男の名前は覚えていなかった。最初に聞いたような気もするが、怒涛のような快楽の波に揉み消されて、ところどころ記憶が曖昧だ。
 ただわかるのは、あの日以来、自分の体はすっかり変えられてしまったということだ。
「……っ、うっ!」
 浴室の壁に手をつき、河辺はぶるりと体を震わせた。アナルに深く指を突っ込んだまま、前には手を触れずに、体の中に溜まった行き場のない熱を吐き出す。
 こんな変態じみた自慰行為ですら物足りなく思うほど、あの夜男から与えられた快楽は強烈で、河辺はもう自分の指やオモチャでは満足できなくなっていた。
 あの男には二度と会ってはいけない――会いたくないと思っているのに、あの男に犯されたくてたまらない。あの固い肉棒で、もう一度気を失うまで貫かれてみたい。 
 そんなことを考えている自分がふしだらな人間に思えて、しばらく落ち込んだ。
 シャワーを終えると、河辺は髪を乾かして台所へ向かった。時計を見ると、七時を回っていた。パンを焼いて、卵とハムを炒めた簡単な朝食を作る。幼い頃から仕事で家を留守にしがちな母親に代わり自分で料理を作ってきたおかげで、基本程度の料理なら問題なくできる。結婚後は料理が苦手な千恵に代わって、仕事が遅くならない限り、河辺が食事を作るようにしていた。
 冷蔵庫を開けると、昨夜千恵のために用意しておいたチャーハンが、手つかずで残っていた。ラップを取った形跡もない。千恵は昨夜、戻らなかったようだ。
 離婚届を突きつけられたあと、千恵とは顔を合わせていなかった。時折家に帰っているようだが、自分が会社にいる時間を見計らって、着替えなどを取りにきているようだ。
 河辺はため息をついて、冷めたチャーハンを冷蔵庫から取り出した。油分の多いチャーハンは傷みやすい。捨てるべきかしばらく迷って、結局、今日の昼の弁当として会社へ持っていくことにした。



 寝不足の眼を擦り出勤すると、庶務の女性社員が脚立に乗って紙で作った花飾りを壁に貼り付けているのが見えた。足元には「ようこそ営業推進部へ」とA4用紙に一文字ずつ印字した紙も用意されている。
 そういえば、今日は隣の営業企画課に異動してくる人間がいるんだっけ。いつの間に月初めになったのだろうとぼんやりカレンダーを思い浮かべながら、河辺は自分のデスクへ向かった。企画課の席は全員埋まっていたが、河辺が通り過ぎても挨拶を返してくれる人間はいなかった。
 部は同じだが、営業企画課と河辺が課長を務める営業支援課は折り合いがあまりよくない。顧客管理システムの運用・保守業務をメインとする営業支援課は、販売戦略の立案を行う営業企画課に比べてどうしても影が薄く、所属する人数も五人と少ないため、常に日陰者のような扱いを受けていた。
 そんな中、河辺は先月から企画課の課長代理も務めていた。企画課の課長だった斉藤(さいとう)がメンタルダウンして突然休職してしまったからだ。代わりが見つかるまでの代理として、支援課の河辺がしばらく課長職を兼務することになった。だが、実際の仕事は企画課の社員が回すため、河辺は言われるまま承認印を押すだけの名ばかりの課長代理だった。挨拶を無視されても仕方のないような存在だった。
 ほどなくして、始業のチャイムが鳴るのと同時に朝礼が始まった。さっそく部長から異動者の紹介があった。人垣の一番後ろに立って、河辺は拍手で迎えた。
「本日付けで金沢営業所より転任となりました、槌木亘です。よろしくお願いします」
 顔をあげた男を見て、河辺は硬直した。
 すらりと高い背に、癖のない黒い髪。伏せがちな目元には、はっきりと大きな泣きぼくろが浮いている。
 ――あの男だった。出張先のホテルで自分を抱き、自分の名前を呼んでいたあの男。
 河辺は思わず後ずさった。何の悪夢だろうと最初は自分の目を疑った。だが、何度頬をつねってみても夢は終わる気配を見せない。
 なぜ、あの男がここにいるのだろう。
 男は狼狽する河辺など気にとめた様子もなく、自己紹介を終えると、企画課の人間に連れられ用意された席へと移動していった。
 その日の仕事は、男が気になってろくに手もつけられなかった。幸い仕事中は話しかけられることはなかったが、河辺はいつ男が自分との関係を誰かに話すか、気が気でなかった。そんなことをされる前に男に口止めをしなければいけない。けれど、勇気が出なかった。男に話しかけることはおろか、男に近づくことすら怖くてできなかった。
 その夜、槌木の歓迎会が催された。冗談じゃないと思いつつ、課長代理という立場上、出席しないわけにもいかなかった。
 部員総出で盛りあがる宴会の最中、河辺はテーブルの一番端に小さくなって、泡の消えた生ぬるいビールをひたすら胃に流し込み続けた。幸い、好んで河辺に話しかけてくる同僚は誰もいなかった。飲み会の席で空気扱いをされるのはいつものことだったが、今日は誰とも話をしたくない気分だったので有難かった。
 平日ということもあって、一次会は九時にお開きになった。槌木は部長に気に入られたようで、企画課の同僚に囲まれ二次会へと連れ去られていくのが見えた。
 終わった。早く帰ろう。河辺は鞄を抱きかかえ、そそくさと帰路を急いだ。
 繁華街から駅に向かい歩き始めると、少しだけ喧騒が収まった。空に浮かぶ月明かりにほっと人心地をつく。一日のうちに色んなことが起こりすぎたせいで、頭が痛かった。
「河辺課長」
 と、後ろから声をかけられ、河辺は「ひっ」と喉を引きつらせた。男の声のような気がした。振り返って確かめるのが怖い。二次会へと向かったはずじゃなかったのだろうか。
「そんなにあからさまに避けなくてもいいじゃないですか。傷つくなぁ」
 男の足音が近づいてくる。河辺はスナックの連なる細い路地へ逃げ込んだ。ちょうど目の前に広がっていたからだ。だがすぐに行き止まりになって、路地に放置された業務用のポリバケツに足をぶつけた。痛む脛を押さえその場にうずくまると、
「無視するつもりですか? 俺はまぁそれでも別にいいですけど、河辺さんが困ることになるんじゃないですか?」
 と言って、男は河辺の目の前で屈んだ。携帯電話の画面を見せられる。
「よく撮れてるでしょう?」
 そこには、だらしなく口を半開きにした自分の顔と、露わになった局部の写真が映っていた。驚きのあまり絶句する。
「あなたの寝顔があんまり可愛いものだからこっそり撮ってしまいました」
 男は悪びれた様子もなく、ボタンを押し次々と画面を切り替える。映し出される写真はどれも、見たくもない自分の乱れた姿だった。
 あの日、男の前で眠った記憶はない。行為の最中で何度か失神していたかもしれないが、そのときに撮られたのだろうか。
「つ、槌木くん……」
 名前を呼ぶだけで声が震えた。
「き、君は私を脅すのか?」
「脅す? 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺は取引をしようって言っているんです」
 背中に冷たい汗が伝う。何が取引だ。こんなあられもない写真をちらつかせて行う「取引」がまともなものであるはずがない。
「あのときあなた、連絡先すら教えてくれませんでしたよね。それに岡部なんて偽名まで使って」
「ぎ、偽名じゃない」
 河辺は首を横に振った。
「昔はその名前を使っていたんだ。母の旧姓だったから。中学の頃、母が再婚して……それで河辺に」
「へぇ」
 槌木は鼻で軽く笑った。
「まあ、名前なんてどうでもいいですけどね」
 自分から聞いてきたくせにひどい言い草だと思った。
「なんで嘘をついたんです?」
 槌木は淡々とした声で続ける。
「俺はてっきり俺にあんな場所で会って、気まずかったからとっさに嘘をついたんだと思っていましたけど。だから俺もあの日はあなたの嘘に合わせた。まるで初めて会った人間同士のように装ってね。……そんなに会社に知られるのが怖かったんですか?」
 河辺は唇を噛みしめた。震える手で必死に槌木のスーツに縋る。
「た、頼む……。あのときはまさか君が会社の人間だとは思わなかったんだ。もう二度と会うこともないだろうって思って……。だから、どうか……どうか、このことは内密に」
「俺が会社の人間だって知らなかった?」
 槌木は目を丸くした。
「冗談はよしてくださいよ。店で会うより以前に、俺達、何度か会ったことあったでしょう」
「え……」
「覚えてないんですか? ひどいなぁ」
 槌木はくしゃりと顔を歪ませて笑った。
「俺が初めてあなたに会ったのは、入社して間もない頃でした。新人研修で初めて本社に行ったとき、河辺さん、講師として俺に教えてくれたでしょう? 支社採用の新入社員から見たら本社の人ってだけで憧れなのに、あなたときたら気さくで、教え方も丁寧でわかりやすい。そのうえ優しいときた。なんて格好いい、素敵な人だろうって思いました」
 槌木の言葉に必死に記憶を辿る。だが、新人研修を担当していたのはもうずいぶん昔のことで、その中に槌木がいたかどうかなんて河辺は覚えていなかった。
「あなたに再会したのは、五年前。支店の営業システムが一斉にダウンしたときでした」
 槌木は述懐するように、うっとりと目を細めて言った。
「覚えてますか? あれ、本当は俺が発注数を間違って入力したせいで、エラーが起きたんですけど、河辺さんが気を遣って、システムのせいにしようって言って俺のミスを全部被ってくれたんです。当時の俺の部長は厳しい人で有名でしたから、もし河辺さんが助けてくれなかったら、俺は今ごろ首を切られて実家でニートになっていたかもしれません」
 槌木はそっと河辺の髪に触れてきた。
「それから、あなたはずっと俺の憧れでした」
 少し色素の薄い鳶色の髪を指先に掬うと、槌木はそこに恭しく口付けた。
「あなたが金沢に出張に来るときはいつも遠くからあなたを見ていました。システムエラーの一件以来、あなたと直接関わることはなかったから、いつもこっそりと。そのうちいつかあなたに恩を返したい。あなたの役に立ちたいと強く思うようになって……」
 槌木の声は、まるで罪を告白する咎人のように震えていた。
「俺はあなたに会うために本社へ来たんです。毎日、毎日、終電近くまで営業をして病院を駆けずり回って、数字を出して……そして支部長に認めてもらって、やっと本社への異動が叶ったんです」
 槌木は河辺の腕を掴んだ。思いがけず強い力にびっくりして身を引くと、槌木は縋るように切ない声を響かせた。
「俺はあなたがずっと好きだった」
 ストレートな告白にどきりと胸が鳴る。
 熱っぽい瞳に正面から見つめられ、河辺は返事に困った。ゲイバーに通っているぐらいなのだから、槌木の恋愛対象が男であるということはわかっていたが、まさかその矛先が自分に向けられているだなんて想像すらしていなかった。
「それなのにあなたは俺の顔を覚えていなかったばかりか、一晩ヤッたら俺はポイ捨てですか。俺の体が目当てだったんですね。最低な人だ」
 槌木の顔が今にも泣き出しそうに歪む。
 もしかしたら、自分は大変なことをしてしまったのではないだろうか。
 自分を槌木の立場に置き換えて想像してみる。ずっと想い続けていた相手と念願叶って一夜を遂げた槌木と、誰でもいいから棒が欲しかっただけの自分。
 罪悪感に冷や汗が背中を伝った。
「違う……違うんだ……。あの日はその……酔っていて」
「何が違うんですか!」
 急に大きな声で怒鳴られ、河辺は体を竦めた。肩を押され、壁際に追い詰められる。槌木の太股が膝の間に割りこんできた。カチャカチャと金属音がする。槌木が河辺のベルトを外し始めたのだ。
「つ、槌木くん!」
 河辺は慌てて槌木の手首を掴んだ。槌木が何をしようとしているのかを瞬時に悟ったからだ。暗い路地裏とはいえ、こんな屋外で。ありえない。
「何ですか? もう一回ヤッたんだから、二回も三回も同じでしょう。それとも俺が同じ会社の人間だと分かった途端、怖気づきましたか?」
「だ、駄目だ……」
 顔を近づけられる。キスをされる。河辺は槌木の体を突っぱねた。
「私には妻がいる」
「奥さんがいるのに俺に抱かれたんですか? いやらしい体だなぁ」
 スラックスの上からやわやわと股間を揉まれる。低い声で揶揄されると、ぞくぞくと下半身に震えが走った。夢の中で何度も聞いた男の声だ。
「知ってますよ。そんなこと。初めから」
 槌木がぎり、と奥歯を噛む音が聞こえた。
「あなたには奥さんがいる。男には興味のない人種だ。だからそう思って諦めていたのに……あの夜、俺のテリトリーに入ってきたのはあなたですよ。あなたが悪い」
 顎を掴まれ、強引に上を向かされる。槌木は怒っている。自分がした最低な行為に憤って、自分に復讐をしようとしているのだろうか。怖くて目尻に涙が浮かんだ。
「ああ、いいですねその顔。あの夜、快楽に従順なあなたもとても素敵でしたけど、そうやって怯えている表情はもっと色っぽい」
 唇が落とされる。今度は拒みようもなかった。スラックスを膝までずり下ろされ、下着の中に冷たい指が入ってくる。そこがとっくに熱くなっているのに気づくと、槌木は小さく笑った。
「どうしたんですか、この染みは」
 河辺の下着にべっとりと糸を張る先走りを指に掬うと、槌木の笑みは深くなった。
「あのあと、何回俺に犯される夢を見て一人でしました?」
「ち、ちが……」
「体が疼くんでしょう? いやらしくてはしたない体が」
「あ……あ……」
 怖い。自分の耳元であざ笑う男が怖い。そう思うのに、体は勝手に興奮していく。男の指でペニスを扱かれると、後ろを弄っていないのにみるみるうちに勃起した。
「やめっ……」
「やめてほしくなんかないくせに」
 耳朶を舐めあげられる。
「このまま手で達かされるのと、俺のを突っ込んで達かされるのと、どっちがいいですか?」
「やっ……だめ、だ……どっちも」
「嘘つき」
「ああっ……!」
 がくがくと膝が震えた。無骨な手で巧みに追いあげられ、河辺は槌木の肩を掴み仰け反った。
「そんなに大きな声を立てて。誰かが来たらどうするんです?」
 左手で口を抑えられる。その間にもう片方の手は後ろに回り、河辺のペニスから伝った先走りの滑りを借りて入口を抉じ開けてきた。
「ほら。俺の指を嬉しそうに飲み込んでいきますよ。離したくないってきゅうきゅう締めつけて、体は正直ですね」
 槌木の指がつぷつぷと入ってくる。襞の感触を確かめるように中で指を回され、ぞわっと肌が粟立った。
「駄目だ……こんなこと……」
 河辺は切れ切れの吐息のなか訴えた。だが、槌木は指を抜こうとしない。
「いいんですよ。今、俺の腕の中にいるのは『岡部真澄』だ。あなたは俺を欲しいと思うときだけ、『岡部真澄』になればいい」
 汗の浮かぶ首筋に口付けられる。
「あなたにあれだけ裏切られたのに、俺はまだ性懲りもなくあなたを好きだと感じている。だから利用したいならすればいいって言ってるんです」
 その言葉を槌木がどんな顔をして言っていたのかは知らない。
「ただの棒としてでもいいから、あなたに触れたい。あなたに必要とされたいんです」
 槌木は河辺の肩に深く顔を埋め、声を震わせた。きつく抱き寄せられる。
 なんと声をかけていいのかわからなかった。自分にしがみつく男の肩が迷い子のように小さく見える。手を伸ばしていいものか迷っていると、おもむろに体を引っくり返された。
 壁に顔をぶつけそうになって慌てて両手をつく。背後で衣擦れの音が聞こえた。と、尻の狭間に熱い感触を覚え、河辺は「ひっ」と喉を詰まらせた。いつの間に脱いだのか、露になった槌木のモノが、河辺の後孔にひたりと押しつけられていた。
「挿れてほしいんでしょう?」
「あ……あ……」
「だったら、俺の名前、呼んで? 呼んでください……。それだけでいいですから」
 すっかり固くなり熱を帯びた槌木の棒が、ぐっと蕾を破って入ってくる――かと、思えば、尻の狭間をずるりと上に向かって滑っていった。「あ……」と思わず声が洩れた。槌木のペニスは物欲しそうに蕾をつついては、双丘の間へ逃げていく。
「ねぇ、河辺さん」
 掠れた声が耳のすぐ近くで響く。執拗に入口を擦られるのに、なかなか与えられない。そのもどかしさに体が沸騰しそうだった。
 欲しい。男が欲しい。熱くて硬い、肉の棒が――。次第に頭の中がいっぱいになって、それしか考えられなくなった。涙が勝手に頬を伝う。……理性が利かない。
「……ちき」
 唇が自然と動いた。陶然とした意識の中、男の名を呼ぶ。
「槌木……」
「……っ、河辺さん!」
「あっ、あぁ――っン!」
 望むものはすぐに与えられた。熱く熟れた襞をめくって、一気に剛直が差し入れられる。
 触れてもいないのに、張り詰めたペニスからぱたぱたと雫が散った。たったこれだけ。これだけでイッてしまった……。河辺は自己嫌悪にうめいた。全身の痙攣が止まらない。その場に崩れ落ちそうになると、後ろからきつく抱きしめられた。繋がっている部分がどくどくとうるさいぐらいに脈打っている。
「お願いです、河辺さん。あなたが望むときだけ、一ヶ月に一回の夜の間だけでもいいですから……俺の恋人になってください」
 後ろを振り向かされ、口付けられる。
 槌木が何を言っているのかは、もうよく聞こえなかった。