棒人間は愛を乞う

2.

 男に連れられるまま、どこかも知らないラブホテルへやってくると、急に自分がしたことが恐ろしくなってきて、河辺は頭を抱えた。さっき初めて会ったばかりの男とセックスしようとしている。普段だったら絶対にこんなことはしない。自分の大胆さに呆れてくらくらと眩暈がした。
 浴室を出ると、髪を拭く間もなく男に手を引かれ、ベッドの上に押し倒された。男の体が上から圧し掛かってくる。心なしか鼻息が荒い。少し、怖い。バスローブの胸元から男の手が差し込まれる。
「つ、槌木さん」
 河辺は躊躇いがちに男の名を呼んだ。ひやりとした手で素肌をまさぐられる。ついに退くに退けないところまで来てしまったのだと自覚し、河辺は恥を忍んで口を開いた。
「わ、私……男は、は、はじめてなんだ。だから」
 かぁ、と首筋まで熱く火照った。
「だから、その……乱暴なことはあまりやらないで……優しくしてもらえるだろうか」
 それを口にしたときは、今にも消えてしまいたいほどの羞恥に襲われた。未経験の少女じゃあるまいし、自分がこんなことを願い出ても気持ち悪いだけだ。だが、始める前にどうしてもこれだけは男に知っておいてもらいたかった。
 今まではオモチャが相手だった。だから、危うくなったら自分でセーブもできた。だが、相手が生身の人間となると話は別だ。ゲイの中にはハードなセックスを好む人間もいると聞く。出血したり、痛い思いをしてトラウマになったりするのは嫌だった。
「……優しくするのは構いませんけど」
 男は拍子抜けしたような声を出したあと、まるで愛しいものの形を確かめるように優しく河辺の頬に触れてきた。
「初めてが俺みたいな行きずりの男で良かったんですか?」
 男が笑う。どこか自嘲的な笑みだった。河辺はごくりと唾を飲み込んだ。ここで男の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「君がいいと思っていたんだ。初めて見たときから、するなら君だと決めていた」
 河辺は男の股間を見ながら言った。だから早くバスローブを脱いでその大きさを見せてもらえないだろうか。逸る心を抑え、河辺は男を見あげた。
「嬉しいことを言ってくれますね」
 男は照れ臭そうに笑って、河辺の前髪を掻きあげてきた。額に口付けられる。「ひっ」と思わず肩が竦んだ。だが、気にした様子もなく男はさらに物欲しそうに唇を近づけてくる。
「キスは?」
「あ、ああ。すまない」
 キスも前戯に入るのか。河辺は強張る体を必死に押し留め、男に向かい合った。唇へのキスはなるべくなら避けてもらいたかったが、すっかりその気になっている男を止めるのも無粋な気がして、河辺は唇を引き結んだ。
「邪魔だから、これ外しますね」
 男の手が河辺の眼鏡へ伸びる。眼鏡を外され視界がぼやけると、ますます心許ない気分になってきた。
「眼鏡がないだけでずいぶん幼く見えるんですね。可愛い」
 男がくすりと笑う。たまらなくなって、河辺は顔を背けた。
「やめてくれ」
「え?」
「こんなオジさん相手に可愛いはないだろう」
「照れてるんですか? そんなところも可愛いですよ」
 男の息づかいが迫ってくる。不安になって男に視線を戻すと、
「目を閉じてもらえますか? そんなにまっすぐ見つめられたら緊張しちゃう」
 と苦笑され、河辺は慌てて目を閉じた。
「これでいいかい?」
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく」
 男の唇が降ってくる。歯列を割られ、入り込んでくる生温かい舌に、男同士でもキスはするものなのだなとぼんやり思った。
 うまく呼吸ができなくて、苦しさにうめいていると、男がようやく唇を放してくれた。名残惜しそうに何度か頬にキスをされる。
「こっちは触っても?」
 股間に手が伸びてくる。そんなこといちいち聞いてくれるなと思いながら頷く。男の手がバスローブの紐を解く。下半身が冷たい空気に晒され、肌寒さに河辺は投げ出していた脚をそっと折った。
「あれ?」
 と、ふいに男の手が止まった。視線が露わになった河辺の股間に落とされている。
「どうしてパンツ穿いてないんですか?」
 男に揶揄され、河辺は頬を染めた。羞恥に声が震える。
「は、穿いてきたほうがよかったかな。やっぱり……」
 浴室を出るときに、どうせすぐ脱ぐことになるだろうから、と面倒くさがったのが裏目に出た。所在なくうなだれる性器ごと男にすべてを見つめられ、河辺はもじもじと膝を閉じた。
「いえ。脱がす楽しみが減ったのは残念ですけど……あなたもやる気でいてくれたのがわかって嬉しいです。さっきからなんだか俺ばっかりがっついてるみたいで、少し恥ずかしかったんです」
 男が照れくさそうに笑う。笑うと少し幼い表情になる。けれど、太股を撫であげる手の動きはとても不埒で、遠慮なく河辺のペニスに迫ってきた。
「まぁ初めてだから怖いっていう気持ちもわかりますけど。……あとは俺にまかせて。いっぱい気持ちよくしてあげますからね」
「い、いいっ、そっちは」
 男の手で幹を握られる。河辺は咄嗟に男の手首を掴んだ。
 そこは手で扱かれてもきっと勃たない。
「私は後ろのほうが感じるんだ。だから、こっちを弄ってほしい」
 恥を忍んで男に頼む。いきなりこんなことを頼んで変態だと思われるより、前を扱く正常な方法で勃起できないことを知られるほうが屈辱だった。
「後ろのほうが感じるんですか?」
「あ、ああ……。だから先にこっちを慣らしてくれ。早く君のを挿れたい」
 男の顔は見れなかった。自分の性癖を誰かに吐露したのはこれが初めてだった。
 緊張と興奮で、掌に汗をかく。目の前にはバスローブから覗く若い男の引き締まった腹筋。さらにその下にぶらさがっているであろう肉棒が気になる。これが欲しくて、わざわざゲイのふりを装って、自分はここまで来たのだ。もう引き返すことなんてできない。
「わかりました」
 男はしばし沈黙したあと、そう答えてベッドヘッドに手を伸ばした。そこに用意されたアメニティーボックスの中からジェルを取り出すと、コンドームを被せた中指に丹念に塗り付け始めた。どうやらやる気になってくれたようだ。
 両足を割られ、尻の狭間にもジェルをたっぷりと垂らされる。男は慎重な性質らしい。さんざん入り口を解すように揉まれたあと、ようやくつぷりと指が一本埋められた。
「痛いですか?」
 河辺は首を横に振った。指一本ぐらいならどうってことない。男がジェルを足し、さらにもう一本差し入れてくる。中で二本の指がイイところを探るように蠢く。内壁を引っ掻くように、指先が擦りつけられる。
「あっ……」
 思わず声があがった。だが、そこじゃない。もう少し上だ。もどかしい。気がついたら男の指に自分から腰を押しつけていた。
「本当に初めてなの? いやらしい体だ」
 男に笑われ、河辺はきつく目を瞑った。
 どうせ一晩だけの男だ。もう二度と会うこともない。そう思って、河辺は正直に話すことにした。
「自分で、オモチャを使ったり……」
「オモチャを?」
 男は少し驚いたようだった。
「オモチャを使って自分を慰めていたんですか?」
「か、体が疼いて仕方なかったんだ」
 かぁぁ、と首筋が熱くなる。けれど、前立腺に男の指を当てたくて、腰を振る動きは止められない。ようやく男の指をそこに導くと、下半身に弾けるような痺れが走った。
「あっ、そこ……そこ……」
「恥ずかしい人ですね」
 イイところを教えると、男は嬉々として指の腹でそこをぐいぐいと押し始めた。みるみるうちにペニスが涎を垂らして持ちあがる。
 薄く目を開くと、男は河辺の後ろに指を入れたまま、バスローブを片手で脱いでいるところだった。露わになった男の性器はすっかり天を向いて猛り、その存在を誇示していた。服の上から見たときよりも大きく感じる。思わず喉が鳴った。
「オモチャでは物足りなくなって、男のこれを試してみたくなっちゃったんですか?」
 河辺は頷いた。半開きになった口から「ほしい」と掠れた声が洩れる。高まる期待と興奮に、すでに正常な思考が飛んでしまっていたのかもしれない。
 男は河辺の中から指を引き抜くと、河辺の腕を引いてベッドの上に上体を起こさせた。
「触ってみますか?」
 男は股間を指さして言った。使い込まれた色をした、妙に迫力のあるペニスだ。ずんぐりとした胴に、大きくくびれた鎌首。反り返る砲身の先端からは透明な蜜が滲んでいた。
 同じ男のペニスなのに、自分の貧相なそれとはまるで違う生き物のように思えた。
 触ってみたら、どんな感触がするのだろう。太さはどのぐらい? 男に誘われ、好奇心が騒いだ。
「い、いいのかい?」
 唾を飲み、訊く。
「ええ。どうぞ」
 男は河辺の頭に手を置いた。ベッドの上であぐらをかいて座り直す。その前に四つん這いになって、河辺は男のペニスにそっと手を伸ばした。
「そう、そのまま握って……ゆっくり扱いてみてもらえます?」
 余った皮をずり下ろして、右手で恐る恐る上下に揺らしてみる。しっとりと湿った生暖かい感触は不快なものではなかった。中指と親指で輪を作ってさらに手の動きを早めてみる。男が「うっ」と低くうめいて、握っているものがまた一段と硬さを増した。指が回せない。これ以上まだ太くなるのだろうか。
 顔を近づけてみると、少し汗ばんだ青臭いにおいがした。先走りが滴る先端部はてらてらと濡れて光っている。
 河辺がじっと見つめていると、
「舐めてみたくなっちゃった?」
 と、男は見透かしたように言った。
「いいですよ。好きに弄って遊んでもらって。あなたに舐めてもらえるなんて夢みたいだ」
 髪を掻き回される。男を見あげると、男は幸せそうに微笑んでいた。
 別に進んで舐めたいというわけではなかったが、男が舐めてほしそうに見えたので、河辺はこれも何かの経験かと腹を括ることにした。緊張しながら、そっと男のものに舌先を押し当てる。
「男を咥えるのも初めて?」
 河辺は頷いた。初めて口にした男の味は少ししょっぱかった。割れ目のあたりは特に味が濃くて、舐めても舐めてもどんどん蜜が溢れてくる。河辺は思い切って、口の中に男を迎え入れてみた。やり方がわからなかったのでアダルトビデオの女優がしていた方法を思い出して、頬をすぼめてみる。
「……っ」
 途端に男がびくりと体を震わせた。自分の拙い口淫でも感じているのだろうか。
 河辺は冷静に男を観察しながら、男の分身にせっせと奉仕した。少し息苦しかったが、男の股の前に四つん這いになって、自ら男のものを舐めているという倒錯的な状況に、河辺は酔った。
「この大きさのものがこれからあなたの中に入るんですよ。どきどきしますか?」
 男が吐息を弾ませながら訊いてくる。髪を愛しげに撫でられた。
 男のものは河辺の口の中で硬く張り詰め、挿れるにはもう十分なような気がした。
「早く、したい」
 口を離すと、舌の先から透明な糸が伝った。興奮して犬のように荒い鼻息が洩れた。
「しょうがない人だ」
 頭を撫でられる。「横になって」と指示され、河辺は素直に男の言葉に従った。
「足を開いてください。膝を抱えて。そう、もっと大きく」
 枕に背をもたれ、男の指示するまま両膝の裏を自分の手で持ちあげる。
「そんなに見ないでくれ。恥ずかしい」
「恥ずかしいことないでしょう。こんなにひくつかせて。あなたのエロいお尻の穴、俺の指を咥えておいしそうにぐじゅぐじゅ言ってる」
 男が再び指で内部を抉ってくる。そこはすでに熱くぬかるみ、先ほど塗られたジェルでとろとろだ。すると何を思ったのか、男は河辺の尻に顔を近づけてきた。
「舐めてくれたお返しに、俺もあなたのここを口で愛してあげます」
「ひっ」
 言うより早く、何か温かいものが蕾に触れた。それが男の舌だと気づくまでそう時間はかからなかった。
「だ、だめだ……汚い」
「汚くなんかないですよ。ちゃんと洗ってきてくれたんでしょう。中まで綺麗なピンク色で、熱くぬめって俺を誘ってる」
「あっ……」
 挿し入れられたままの二本の指で大きく中を広げられ、暴かれた媚肉を音を立てて啜られる。ぞくぞくと背筋が震えた。
 襞の一枚一枚を確かめるように執拗に吸いついてくる舌の感触に、「あ、あ」と女のような声が止まらない。舌と同時に指も突き入れられ、感じる場所を掻き回されると、過ぎる快感に頭がおかしくなりそうだった。
 まだ挿れられてもいないのに、前戯だけでこんなに感じているなんて信じられなかった。このままじゃ体力が保たない。
「指じゃ嫌だ……き、君のを」
 河辺は悲鳴まじりに訴えた。
「君のを入れてくれ。早く」
「まったく……。あなたがこんなにいやらしい人だとは思わなかった」
 男は苦笑すると、ようやく口を離した。指を引き抜かれると、寂しがるようにそこが浅ましくひくついたのがわかった。
「少し待っていてくださいね。今、ゴムをつけますから」
 男はベッドヘッドから新しいコンドームを手に取り、袋を歯で破る。そんな僅かな時間すらもどかしかった。熱く火照った体が今か今かと早鐘を打って昂ぶる。
「お待たせしました」
 男の腕の下に囲われる形になって、ぐっと丸い頭が入り口に押し当てられる。たったそれだけで、ぶるりと全身に鳥肌が立った。
「息、詰めないでくださいね。これだけ拡がっているから大丈夫だとは思いますけど。あなたを傷つけたくはないので」
 男が自身に手を添えて、ゆっくりと腰を進める。ぬぷぬぷとジェルの滑りを借りて道が広げられていく感覚はディルドのときとそう変わらなかったが、みっしりとした肉の感触はたまらなく心地よかった。熱く、意志を持った男の棒が、自分の中を犯していく。
「ほら、入っていきますよ。わかります?」
「あっ、あっ……」
 大きな頭を全部飲み込まされると、さすがに息苦しくて、くらくらと目眩がした。男の分身が自分の体の中で熱く脈打っている。
「ぜ、全部?」
 これで全部入ったのか、と河辺は混乱する意識の中で訊いた。男とつながっている部分に手を伸ばす。
「まさか。まだ半分ですよ。一気にいっても構いませんか?」
「ひっ」
 男は笑うと、河辺の両脚を肩に高く担ぎ、ありえないほど奥深くまで欲望を突き入れてきた。止める間もなかった。
「あっ……、あー」
 河辺はがくりと顎を仰け反らせた。痛みよりも、苦しさと充溢感が勝った。
 口の端から涎がこぼれる。ちかちかと視界が霞んだ。焦点が合わない。自分の体の上に乗る男の顔がぼやけて見えた。
「動きますよ」
「まっ、待って……まだ」
「待てません」
「やぁ……あ、あっ、ひっ!」
 それは恐ろしいほどの快感だった。オモチャなんかとは比べものにならない、圧倒的な存在感だった。
 ずるりと抜けていったかと思えば、一瞬にして最奥までを貫かれる。体の内側がじんと甘く痺れて、意識せず「あん」と鼻に抜けた声が洩れた。
「どうですか、初めての男の味は」
「あ、いいっ、いい……」
「当たり前です。あなたが感じられるよう、優しく抱いてあげてるんですから」
 男が河辺の前に手を伸ばす。律動に合わせて扱かれると、先走りでぐちゃぐちゃになったペニスが男の手の中であっさりと弾けた。
 腹に飛沫が飛ぶ。男を咥え込んだままの後孔がきつく男を締めつけた。
「はっ……ぁ、あ……?」
 何が起きたのかわからず、河辺はぼんやりと男を見つめた。
「いっぱい出ましたね。気持ちよかった?」
 キスをされる。深く結合した状態で男は河辺を抱きしめて、そこからしばらく動かなかった。射精の余韻が引くと、もどかしくなって河辺は腰を振った。
「もっと……」
 大きく脚を広げ、河辺は懇願した。
「もっとひどくして……奥までいっぱい突いて」
 河辺は犬に成り下がった。本能のまま、願いを口にする。もっと気持ちよくなりたい。もっと自分を揺さぶって。何もかも忘れるぐらい、めちゃくちゃにしてほしい。
「あなたって人は本当に」
「ああっ」
「手に負えない」
 男は言うと、河辺の脚を掴み、今度は容赦のないスピードで抽挿を開始した。
 男の硬い熱が自分の中を思うさまに行き来する。股関節が痛むほど激しく腰を打ちつけられ、河辺はひっきりなしに声をあげて啼いた。
「好きです」
 男が耳元で何かを囁いてくる。熱に浮かされたような声だ。
「好きです、好きです、好きです、あなたが」
 唇を寄せられる。男の顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。男の熱が体の中で大きく膨らむ。
「河辺さんっ」
 そう叫ぶ声とともに、男は勢いよく弾けた。