家畜パーク

4.

 動物園を抜け出したあと、タクシーに乗って笹野の宿泊するホテルへと連れて来られた。
 バスルームで埃まみれの体をひとしきり洗われたあと、バスローブを着せられ裕太はベッドの上に座らされた。
「誰がこんなにひどいことをユータにしたの?」
 笹野は裕太の正面に座り、厳しい顔をして言った。
「体を見せて」
 戸惑っていると、笹野はさらにきつい口調で命じた。
「見せなさい」
 バスローブの前をはだけさせられる。裕太は体を強張らせた。長い間狩猟の的として遊ばれていた体は出血しているところがないとはいえ、まだところどころに赤い鬱血痕が残っていた。
 怪我の具合を確かめるように笹野の手が素肌の上を這う。たったそれだけのことに緊張して、どうしていいのかわからなくなった。
「神戸の動物園は昔から動物虐待をしているという噂があったからね。気になって様子を見にきたんだ。転園をさせるなら評判のいい動物園にってお願いをしたのに、あの園長ときたらよりにもよってユータを神戸なんかに売り飛ばしやがった」
 いつになく笹野の口調が荒ぶっている。怒っているらしかった。怒っている笹野をこんなに近くで見るのは初めてで少し怖かった。裕太が不安げに見つめていると気がついたのか、笹野はそんな自分を恥じるように笑った。痩せ細った裕太の体を抱き寄せ、「ごめんね」と呟く。
 いつもの様子に戻った笹野に安心して、裕太は勇気を振り絞って訊いた。
「お、俺を転園させたの……」
「ん?」
「俺を嫌いになったからじゃなかったの?」
「そんなわけないだろう」
 笹野は即答した。
「ユータは僕に面倒を見られるのを嫌がってたようだし、ほかの動物園でならユータがもっとのびのびと暮らせるかと思ったんだ。それなのに……」
 笹野の表情が暗く沈む。
「ユータがこんなにひどい目に遭ってるんだって知っていたら、もっと早く助けにくればよかった」
 笹野は自分を責めているようだった。裕太の体のあちこちに残った生傷を痛ましげになぞると、自分のことのように眉を深く寄せた。
「遅くなってごめんね。もう大丈夫だよ。迎えにきたからね。今日はここでゆっくりして、明日の朝の新幹線で帰ろう」
 その言葉に裕太は目を剥いた。
「お、俺を、あそこに連れて帰るの……?」
 声が詰まる。急に不安が胸にせりあがってきて、指先が震えた。
 どうして今までその可能性に気づかなかったのか。笹野が言った「逃げよう」という言葉の意味。勘違いをして、一瞬でも期待してしまった自分が馬鹿だった。
 笹野はあくまで飼育員として、自分を迎えに来ただけだったのではないか?
 新幹線に乗って帰る場所なんて一つしかない。明日になれば自分はまたあの動物園に連れて帰られるのだろうか。元いた場所へ帰される。家畜として飼われる檻の中へ。
「い、嫌だ……帰りたくない」
 裕太はきょろきょろと部屋の中を見渡した。落ち着きなく視線を泳がせる。
 どうすればいい。どうすれば笹野の気を引ける?
 途端にパニックになって、裕太はベッドから飛び降りた。半分ほど脱げかかっていたバスローブも躊躇わずに一気に剥ぎ捨てる。裕太は仰向けになって後ろに手をついた。両脚を広げ、腰を浮かす。
 ……こうするほかに、笹野に訴える方法を知らなかった。
「何をしてるんだ」
 笹野は怪訝な顔をしていた。
 裕太は服従のポーズをしながら、訊いた。
「あと……あと何をしたら、俺のこと、飼ってくれるの?」
 声が震えた。
「もうどこにも行きたくないよ。動物園には帰りたくない。このまま俺をどこかへ連れていってよ、笹野さん」
 笹野はベッドの上から黙って裕太を見下ろしていた。
「どうして答えてくれないの?」
 不安になって訊く。
「俺だって痛いよ。苦しいよ。笹野さんに無視されたら、悲しいよ。俺はたしかに獣人かもしれないけど……それでも叩かれたら痛いし、恥ずかしいことをされたら泣きたくなる。同じなんだ。俺だって……みんなと……」
 鼻を啜る。感情が昂ぶって制御できない。もっとうまい言葉を見つけられたらいいのに。口からこぼれるのは浅ましい願いばかりだ。
「俺を一人にしないで。……見捨てないで。笹野さんがいなかったら、何を頼りに生きていけばいいの」
 腰を高くあげているせいで、体重を支える腕が震える。笹野に見られていると思うと、はしたない股間が熱く息づいた。
「そんなに僕に飼ってほしいの?」
 笹野がぽつりと口を開いた。
「僕だけのペットになる?」
 頷く。
「僕のことが、好き?」
 重ねて問われ、裕太は首を縦に振った。振り子のように何度も首を振る。
 好き? と訊かれて、初めて笹野のことが好きなのだと気がついた。今までも頭を撫でてもらいたいとか、そばにいてほしいと思ったことは何度もあったけど、この身に巣食う寂しさの原因にやっと理由がついた。
「好き、すき……好きです。ごめんなさい。ごめ……なさ……」
「どうして謝るの?」
「だって……」
 家畜から好きだなんて言われても迷惑に決まってる。家畜と人間の間に恋愛関係は成立しない。わかっていたはずなのに。笹野があまりに優しいから、気持ちを口にすることを許されているような気がして……調子に乗った。
 鼻を啜るばかりの裕太を見下ろして、笹野は呆れたように言う。
「僕は優しくなんかないよ? ユータにひどいことをするかもしれない。それでも?」
 知っている。笹野は本当はとても冷たい人かもしれない。けれどそれ以上にずっと優しい人だ。
「まいったな。こんな気持ちにさせられるなんて。これも獣人の能力かな? いや、でも……」
「笹野さん?」
「もういいよユータ。ポーズをやめなさい」
 笹野は顔を抱え、深くため息をついた。カーペットの上に座り込んだ裕太は全裸のままだ。目のやり場に困っているように、笹野は裕太をちらちらと見つめた。
「ねぇ、ユータ。僕は異常かな。家畜相手にこんなに欲情してる。本気で君を好きになったらどうしてくれるの?」
 笹野が自嘲気味に笑う。笑顔に胸が締め付けられた。どれだけ想っても、笹野の中での認識は変わらない。変わることはない。
「……俺は家畜じゃないよ」
 血を吐く思いで呟く。
「ユータはいつもそう言うね」
 けれど、届かない。笹野は失笑する。
「でも!」
 裕太は声を震わせた。
「でも、笹野さんに飼ってもらえるならペットになってもいい。家畜でも何でもいいよ。笹野さんのそばにいさせてくれるなら」
 裕太は四つん這いでベッドの端に縋り、笹野の爪先に口付けた。なぜそうしたかったのかはわからない。考えるより先に体が動いていた。           
「俺を笹野さんのものにして。笹野さんだけのものにして……俺を、飼ってください」
 笹野の目を見つめ、縋るように訴える。もう恥もプライドもなかった。これ以上捨てるものなんて何もない。文字通り家畜に堕ちた自分を見て笹野は笑うだろうか。呆れるだろうか。……哀れんで少しでも飼ってやってもいいと思ってくれないだろうか。
「だめだよ」
 けれど、笹野は思いのほか冷静な口調で言った。
「常識的に考えたら獣人を個人飼育するなんてありえない話だ。下手をしたら捕まるかもしれない。けど……」
 笹野の目が切なそうに細められる。手が伸びて、裕太の頬を愛しげに撫でた。
「けど、こんなに可愛い生き物にそこまで言われて、断われるわけないじゃない」
 途端に胸の奥がぎゅっと締め付けられた。とても笹野らしい言い分だと思った。
「おいで」と言われて手を引かれた。ベッドの上に連れ戻される。笹野の膝の上に乗せられる格好になって、裕太は笹野と正面から見つめあった。
 次は何を言われるのか怖くてきつく眉を寄せていると、笹野は裕太に額をぶつけてきた。
「ごめんね。少しいじわるをした。でも僕も不安だったんだ。裕太の口からはっきり好きって言ってもらわないと、中々踏ん切りがつかなかった。ずっと……必死で我慢してたから」
 笹野の瞳が切なそうに揺れる。
「本当はね。僕は最初からユータが獣人だろうと人間だろうと関係なかったんだ。ユータはユータだ。こんなに可愛い生き物、ユータ以外知らない。泣き虫で意地っ張りで寂しがりやで……時々びっくりするぐらい甘えん坊になる。……本当に、ユータを僕だけのものにしちゃってもいいの?」
「笹野さんじゃなきゃ嫌だ」
 裕太は間髪入れずに答えた。
「俺は笹野さんがいい。ほかの人じゃ嫌だ」
 すっかり乾ききっていたと思っていた涙腺からじわりと熱いものが込みあげてくる。笹野の顔がすぐそばにある。手を伸ばせば届く距離で、自分を見つめてきてくれる。それが嬉しかった。
 笹野の手が伸びて、裕太の顎に触れる。裕太はぐっと唇を引き結んだ。笹野さんでなければ嫌だなんてわがままを言った罰を与えられるのかと思ったからだ。
 笹野はそんな裕太の様子に失笑しながら、耳元で囁いた。
「そんなに怯えた顔をしないで。キスするだけだから」
「キス?」
「さっきもしただろう。嫌だった?」
「……ううん」
 動物園から逃げる直前、ふいに与えられたキスを思い出し、裕太は素直に首を横に振った。ほんの一瞬重ねた唇でさえあんなに気持ちよかったのに、正面切って笹野から本当のキスを与えられたら、どうかなってしまうかもしれない。
 嫌ではないけれど、少し怖くなって腰をもじもじと引く。
「逃げないの。口、開いて」
 けれど笹野は目敏く裕太の戸惑いを制していく。口角を笹野の親指で割られ、「あ」と思った瞬間には温かい唇が降ってきていた。 
「ん……っ、ふ」
 唇の感触を楽しむのも一瞬、裕太の歯列を笹野が遠慮なく割ってくる。湿った舌が滑り込んできて、柔らかい粘膜を啜られた。
 呼吸ごと奪われる。深い深いキスだった。
「はっ……、ぁ……?」
「キスだけで感じちゃった?」
 音を立てて唇を離すと、息を乱す裕太を見て笹野は嬉しそうに笑った。
「乳首も、ここも、勃ってる」
「やっ……」
 笹野の指が胸から下腹へと順に突ついてきて、裕太は羞恥に身悶えた。笹野に指摘されるまでもなく自分の体の異変には気がついていた。笹野に触れられているだけで、どこもかしこも火がついたように火照って仕方ない。
「ユータ可愛い」
 笹野が喉を鳴らして笑う。戯れのように乳首を指先でつまむと、裕太の体をベッドの上に仰向けに横たえて、穏やかな声で命じてきた。
「隠さないで。脚を広げて。僕に全部見せて」
 それは服従のポーズを取るよりも、色めいた響きを帯びた命令だった。
 けれど、恥ずかしいことも、いやらしいことも、笹野の前でなら平気だった。
 笹野が見ていてくれる。安心感があった。
 膝を立てて仰向けになったまま、おずおずと足を広げていく。太腿を抱えて蛙のような格好になる。
「綺麗だね。どこも色が薄くて、とても綺麗だ」
 笹野が感嘆したように唾を飲む。ふるふると打ち震える内腿に笹野の手が伸びる。
 裕太は待ちきれなくなって、思わず笹野の名前を呼んだ。
「さ、笹野さん」
「何?」
「……するの?」
 ごくりと喉が上下する。
「交尾、するの?」
 自分でもおかしなことを訊いているという自覚はある。
 けれど、いつもは穏やかな笹野の目が、あの日自分を襲ってきたリョウイチのように、興奮した光を宿しているような気がして、訊かずにはいられなかった。
「してほしいの?」
 笹野が微笑む。答えなんか訊かなくてもわかっているくせに、笹野は意地悪だ。
「ユータがしてほしいなら、してあげる。怖くない?」
 笹野は裕太を腕の下に囲うようにして、正面から裕太の目を見つめた。
「……怖くない」
 裕太は震える声で言い切った。本当は、リョウイチに犯された記憶がまだ生々しく脳裏に残っている。中に挿れられたときの焼け付くような痛みも。生臭い吐息も。濡れた股間の感触も。
「これも?」
 笹野は裕太の気持ちを確かめるように、さらに自分の股間を指差し問いかけてきた。
 着古したズボンの上からでもはっきりとわかるほど、笹野の股間は硬く張り詰めていた。それに喉奥を潰されかけた記憶が甦る。
「……怖くないよ。笹野さんのだから」
 けれど、裕太は懸命に自分を鼓舞し、ゆっくりと上体を起こした。笹野のズボンのファスナーへと手を伸ばす。
「じゃあ僕のこと、ユータの可愛い口で気持ちよくしてくれる?」
 黙って頷く。元よりそのつもりだ。笹野と交尾がしたかった。早く笹野のものにしてもらいたかった。純粋な欲望が裕太を突き動かしていた。
 ジーンズの前をくつろげ、下着の中から半勃ちになった笹野のペニスを取り出したときは、さすがに息を呑んだ。おぼろげに覚えていたものよりもずっと大きい。掌にしっとり感じる重さに肌が粟立った。
 あとはこれを口に含めばいい。けれどその先がわからなかった。
「ど、どうすればいいの?」
 裕太は笹野の膝の間に蹲り、縋るように訊いた。
「どうすれば、笹野さん、気持ちよくなる?」
 必死な裕太の視線に、笹野は思わずといったように噴き出した。
「そんなこと気にしなくていいよ。ユータがおいしそうに舐めてくれれば、それで十分だから」
 ぽんぽんと宥めるように頭に手を置かれる。笹野が気を遣ってくれているのがわかって、裕太は俄然やる気になった。
 両手で笹野の根本を支え、大きくエラの張った先端部に恐る恐る口をつける。
「んン……ふ、っぅ……んぷ」
 目を瞑ってひと思いに飲み込むと、少し塩辛い味と汗のにおいがしたような気がしたが、それも笹野のものだと思えば気にならなかった。
 やり方がわからなかったので、自分ならばどうしたら気持ちいいかを考えて、必死に舌を使った。
「んく……っ、む……ぅ、っん……」
 顔を上下に動かし、窄めた唇で笹野の砲身を刺激してみる。それだけでも感じてくれたのか、口の中で笹野が少し大きくなったような気がした。嬉しくなって、さらにぴちゃぴちゃと舌を這わす。笹野の口からくぐもった吐息がこぼれた。上目遣いに笹野の様子を窺うと、笹野は軽く息を呑んだようだった。
「もういいよ。ユータ。口を離して」
 何を思ったのか笹野は途中で裕太の動きを止めた。もっとしていたかったのにと思っていると、口元を拭っている裕太の手を引き、
「こっちへおいで」
 と言って、笹野は裕太を自分の膝の上に乗せた。ちょうど笹野の体を太腿の位置で跨ぐ格好だ。
「次は僕の番。ね?」
 目の前で妖しげに微笑まれ、笹野の指がおもむろに裕太の双丘を割ってきた。びくりと体を竦ませる。
「やっ、やめ……笹野さんっ」
「ん?」
「それ、いらない。やめて……」
 裕太は首を振った。そんな汚い場所を笹野に探られるのは申し訳なくて、恥ずかしくてやめてもらいたかった。
「駄目だよ。ちゃんと慣らさなきゃ。痛い思いをしたくないだろう」
 笹野は前戯を拒む裕太に不思議そうな顔をして、中指を舌で湿らすと裕太の後ろに慎重にくぐらせてきた。
「いいっ……大丈夫、だから」
 裕太は必死になってかぶりを振った。笹野の胸にしがみつく。
「笹野さんと、早く交尾したい。大丈夫だから、もう挿れて」
 自分でも何を焦っているのかわからなかった。けれど、体がもう待てないと訴えている。痛くてもいいから、早く笹野の固いモノで貫かれたい。奥まで占領されて、わけがわからなくなるまで揺さぶってほしい。
「まったく、いつからこんなにいやらしい子になったんだ」
 笹野が呆れたように笑う。
「だけどまだ駄目だよ」
「あっ……」
「何を焦っているの? 時間はたっぷりあるのに。今日のユータはどこかおかしいね。僕に何かを隠しているみたいだ」
「アッ、あぁ……さ、さのさ……っ」
 笹野の指が二本に増える。ぐいぐいと内壁を押し広げるように中で指を掻き混ぜられ、あっという間に腰の力が抜けた。
 反射のようにがくがくと体が震え出す。
「中、感じるの?」
 笹野が耳元で問いかけてくる。とても答えられなくて、裕太は返事に代わりにきつく笹野の首に抱きついた。「やめて、やめて」と小声で訴えるも、笹野は聞いてくれない。湿り気を足され、さらに乱暴に中をまさぐられる。笹野の指先が前立腺を探し当てると、裕太の体は雷に打たれたように激しく痙攣した。
「やっ、やだ……ぅあ、あっ笹野さ……」
「妬けるな。こんなに後ろで感じるようになるまで誰に調教を受けたの?」
 笹野はさらに深く裕太の中に指を押し進めながら訊いた。
「あっ……からな……わからないっ」
「わからないことないだろう。こんなに嬉しそうに僕を締め付けて……神戸に行ってからリョウイチのほかにも誰か獣人と交尾をしたの? それとも飼育員と?」
「してな……してないっ……笹野さんだけ」
「本当に?」
「ほ、ほんとう……信じて」
「じゃあ、雌としたの?」
 どこか冷たくも聞こえる突き放したような声だった。
 びっくりして裕太は目を剥いた。
「アンナって言ったっけ? ユータはあの子のお婿さんとして神戸に連れていかれたんだろう。女の子としてみて、よかった?」
 裕太は力なく首を振った。
「し、してない。雌とも……で、できなかった……」
「できなかった?」
 笹野はなおも訊いてくる。先ほどまでの甘い雰囲気とは一変、笹野は鋭く目を光らせ裕太の一挙一動を見守る。
「神戸に行ってから、何があったの? 僕のいない間にされたこと、全部話して」
「あっ、あぐぅ!」
 中を弄る指が三本に増やされる。ぬぽっぬぽっと強引に抜き差しをされて、目の前が白く点滅した。
「ユータ。答えなさい」
 びくびくと体が震える。
「やっ、っぅあ、アッ……!」
「答えるまでイカせてあげないよ」
 けれど、絶頂へと向かいかけた体は、いつの間にか裕太の前へと回った笹野の手に堰き止められてしまう。
 イキたくてもイけない苦しさに、裕太は身悶えた。
 笹野は黙って裕太が口を開くのを待っている。
 思い出すのは、辛い。けれど、笹野は裕太がすべてを話すまで許してくれそうにもなかった。ひゅうと喉が掠れる。話したくても話せない。なんと説明したらいいのか。すべてを正直に話したら笹野に嫌われるかもしれない。
 怖くて俯いていると、
「ユータ」
 と穏やかな声で名前を呼ばれた。
「話してごらん。何を聞いても僕は怒らないから」
 ふわりと温かな手で頬を包まれる。途端に胸に熱い気持ちがせりあがってきて、裕太の目尻から涙がぼろぼろと伝った。
「お、俺ができなかったから……」
 さんざん迷った挙句、やっとの思いで搾り出したのは、嗚咽混じりの声だった。
「俺が交尾、できなかったから、じ、人工授精をするって言って、あ、足を縛られて……お尻にへんなオモチャ挿れられて……それでもうまく出せなかったら、い、一日中放っておかれたり……」
「何を? 何を出したの?」
「せ、せーえき。出なかったり、量が少なかったりしたら怒られて……それで」
「それで?」
「外に連れていかれて、お客さんに銃で撃たれて……俺、い、嫌だったのに……怖かったのに……みんな追いかけてきて……走っても走っても何度も撃たれて……怪我ばかりする毎日で……」
 サファリゾーンで受けたむごい仕打ち。あれは見世物なんかではなかった。拷問だった。虐待だった。思い出すだけでも体が馬鹿みたいに震える。
 つっかえつっかえ、涙をこぼしながら話す裕太の告白を、笹野は黙って聞いていた。
「何度も死にたいって思ったけど、できなくて……もう一度笹野さんに会えたらってそればかり考えて……」
「そんなに僕に会いたかったの?」
 裕太は頷いた。その気持ちに嘘はなかった。ずっとずっと会いたかった。こうして笹野に抱きしめてもらいたかった。
「じゃあ、僕の前でオナニーをしたのはなんで?」
 けれど、笹野はそれだけでは許してくれない。裕太の心の綺麗な部分も、汚い部分も、全部まとめて無理矢理引きずり出してくる。
「たっ、助けてほしかったから」
 声が上擦った。けれどそれは嘘だと誰よりも自分が気づいていた。
「でも、心配かけたくなくて……俺は元気だって思ってもらいたくて、笹野さんにしてもらうところ想像して、オナニー、しました……」
 最後は蚊が鳴くような声になってしまった。ぶるぶると震える指先で、必死に笹野の肩に縋る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。許して……俺を、きらわないで……」
 洟を垂らし、泣きじゃくる。こんな醜い自分を晒してもなお、笹野は自分を飼ってくれるだろうか。好きだと言ってくれるだろうか。
「もういいよ。よく言えたねユータ」
 背中に回った笹野の手が後ろから裕太の頭を抱き寄せてくる。
「よく頑張ったね」
 噛み締めるような声でそう言われ、裕太は無我夢中で笹野の背に手を回した。
 嬉しいのか苦しいのか幸せなのか、もうわけがわからなくなって、わんわんと声をあげて子供のように泣いた。
「もう大丈夫だよ。ユータは僕のものだ。もう誰にも触らせない。僕に会えるまで生きていてくれてありがとう」
 笹野が裕太の腰を持ちあげる。さんざん解された中に熱い切先が滑り込んできた。
「ああっ……」
 喉が仰け反る。不意打ちのように訪れた、身を灼くような快感に裕太の意識は一気に飛んだ。
「中に入ったの、わかる? 全部、入った」
 笹野が耳元で何かを訊いてくる。正面から向かい合う形で体をきつく抱きしめられ、下から静かに揺すられる。
「気持ちいい?」
「いいっ、きもちい……」
 笹野の背に縋りついて、体の一番深いところで笹野の愛情を受ける。思うままに突きあげられて、思わず笹野の肩を噛んでしまった。
「んっ、っや……あっ、アッ……」
「声聞かせて。可愛いユータの声が聞きたい」
 頬に口付けられる。笹野の額にも汗が浮いていた。
 笹野が自分の体で気持ちよくなってくれているのかと思うと嬉しくて、裕太はそれきり声を我慢するのをやめた。
「あっ、アあ……ささのさ……」
 激しくなる律動に合わせ、笹野は二人の腹の間で揺れる裕太のペニスを握り、一緒に扱きあげた。前からも後ろからもねちゃねちゃといやらしい水音がする。
 両足を大きく広げて笹野を咥え込んだまま、背中をベッドに降ろされた。笹野の腕の下に囲われる体勢になって、鼻、頬、首、見えるところすべての肌に余すところなく口付けを受ける。赤く鬱血していた銃痕の残る肌が、笹野の唇によって染め替えられていく。
「ユータ」
 笹野に呼ばれる名前が心地いい。
「裕太」
「やっ、っあ……アッ、もっ……」
 突きあげられ、笹野に一番弱いところを擦られ、視界が点滅する。はしたなく涎をこぼすペニスの中心が熱く脈打った。
「あ……っ、あ……ンああっ――ッ!」
 上体を仰け反らせ、絶叫する。笹野の手の中に勢いよく欲望が飛び散った。
 イッたばかりで激しく痙攣を繰り返す裕太の体を押さえて、笹野は苦しそうな表情をして言った。
「ごめんね、裕太。もう少し」
「やっ……ぁ、あ……あっ」
 大きく太腿を抱えあげられて、今度は斜めの角度から笹野に穿たれる。きっと今自分は涙と涎でぐしゃぐしゃに汚れたみっともない顔をしているだろうと思うと、恥ずかしくて仕方なかったが、笹野が幸せそうに笑うから何も言えなくなってしまった。
 出したばかりなのに、体は貪欲に快感を拾おうと反応を始める。目が合うと、恍惚とした意識の中で何度もキスをした。
 笹野にならこのまま殺されてもいいと思った。笹野にはその資格がある。
 動物園に連れてこられたばかりのときは、どうして自分がと悲嘆に暮れてばかりだった。結果ばかり恨んで、ちっとも前を見ようとしなかった。
 けれど、それでも笹野に出会えてよかったと思った。笹野がすべてを変えてくれた。生きる希望をもう一度与えてくれた。何も持たない、何の価値もない、体一つの自分を好きだと言ってくれた。自分のすべてを受け入れてくれた。
「……ッ、く」
 笹野が低くうめいて、何度か腰を大きくグラインドさせた。じんわりと中が温かくなっていく感覚を覚えた。慣れない体勢をずっと取り続けたせいで、裕太はもうへとへとだった。
 汗ばんだ体を寄せ合い、吐息を奪い合うようにしてその日一番長いキスをした。
「離さない」
 笹野は裕太の髪を掻きあげながら言った。掠れた声だった。
「もう、絶対に離さない……」
 それは裕太にでなく、まるで笹野自身に言い聞かせるような言葉だった。
 笹野の腕の中に強く抱きしめられる。笹野はそれきり動かなくなってしまった。裕太を抱いたまま、眠ってしまったようだ。しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
 できるならこのまま朝なんて来なければいいのに。
 長い夜が明けて冬が過ぎて来世になっても。裕太は笹野という名の檻の中にずっと飼われていたいと思った。

(了)