夢縄の島

<本文サンプル(p29〜34)>

 それから一週間ほどが過ぎた夜だった。
 茹だるような蒸し暑さに目が覚めた拓馬(たくま)は、厠に行こうとして、部屋の扉の隙間に小さな紙が挟まれているのに気がついた。
 そこには音羽(おとは)の筆跡で、「お話したいことがございます。お時間がとれましたら、離れにお越しください」と書かれている。
 音羽が自分に話したいこととは一体何だろう。昼間も音羽とは顔を合わせているのに、こんなふうに手紙でわざわざ呼び出されるのは初めてだ。
 拓馬は寝惚け眼を擦り、部屋を出た。ランプを手に持ち、離れへと続く渡り廊下を進む。
 暗い庭にはふわふわと蛍が舞っていた。湿った夜風は潮の香りを運び、遠くの森からふくろうの鳴く声が聞こえる。高く澄んだ空には星が流れ、夏の夜をとても幻想的に感じさせた。
 離れに着くと、拓馬は立て付けの悪い引き戸をどうにかこじ開け、土間へ足を踏み入れた。一段高い板の間に続く部屋が父の仕事場になっていて、障子の向こうには明かりが見える。父はまだ起きているらしい。
「音羽?」
 拓馬は音羽を探した。ここへ来いと手紙には書いてあったのに、音羽の姿がどこにも見あたらない。
 不安になって周囲を見渡す。また勝手に仕事場にやってきたことを知られて、父に怒られのは嫌だった。
 部屋の中からは、みし、みし、と何かが軋むような音が聞こえる。障子越しに中の人影が揺らめいて、何やら低いうめき声のようなものも聞こえた。
 父が筆を走らせているにしては様子が変だ。気味が悪い。父のほかに誰かいるのだろうか?
 拓馬は障子の隙間から恐る恐る中を覗き見た。と、次の瞬間、絶句した。
 そこには、両手を頭の上で縛られ、全裸で突っ立っている音羽の姿があった。
 いや、自分の力で立っているのではない。音羽は縄で天井から吊るされていた。
 天井の梁から伝う荒縄は音羽の手首を高く戒め、畳の上に爪先がつくかつかないかの長さで調節されている。
 音羽の傍らには、藍色の甚平に身を包んだ父の姿も見えた。腰に幾本も吊るした縄の中から赤い縄を引き抜くと、何やら真剣な表情で音羽の胸元に縄をかけ始める。
 拓馬は思わず手に持っていたランプを取り落とした。
 その音に気づいた父が後ろを振り返る。しかし、拓馬がそこにいることに特別驚いた様子も見せず、すぐに音羽を緊縛する作業へ戻った。
 父は驚くほど手際よく音羽の体に縄をかけていく。シュッシュッと縄が擦れる音はどこか小気味よくすら感じる。
 音羽の胸に一通り縄をかけ終えると、父は締まりを確かめるように音羽の体と縄の間に指を引っ掛け何度か揺らした。
 その衝撃に音羽が顔をあげる。乱れた黒髪が幾本も首筋にはりついていた。白い体はうっすらと汗ばみ、半開きになった唇から涎が伝う。
「拓馬様……」
 どこかぼんやりとした声に名を呼ばれ、拓馬はぎくりと肩を震わせた。
 音羽は戸口に立つ拓馬の姿にようやく気づいたようだった。熱に浮かされたように潤んだ瞳で拓馬を見つめてくる。
 それは今まで見たこともない、音羽の艶めいた表情だった。
 いつになく上気した頬に、忙しなく洩れる荒い吐息。縄の食い込んだ肌は汗に濡れ、蒸れたにおいまで漂ってくるようだった。
「どうやら今宵は鼠が一匹迷い込んでいるようだな。お前の手引きか? 音羽」
 父がぐい、と縄を手繰る。首にかかった縄が引かれ、音羽は仰け反った。白い喉が行灯の明かりに照らされ、妖艶な線を描く。
「嬉しいのだろう? 見られて、いつもより感じているではないか。このようにはしたなく前を昂ぶらせて」
 父はそう言うと、壁から一本の黒い鞭を手に取った。靴べらほどの厚みがある革の鞭だ。恐らく馬を調教するために使用するものだろう。
 まさか、と拓馬が目を見開いた瞬間、ひゅんと風を切る音がした。
「ああっ」
 音羽の体が鞠のように跳ねる。肉をぶつ鋭い音に拓馬は思わず耳をふさいだ。
 振り下ろされた鞭は音羽の太腿にしたたかに当たったようだ。白い肌に大きなみみず腫れが走る。
「仕置きだ。誰がこの場に他人を呼んでいいと言った?」
 父はそう言いながら、音羽の体の周りをゆっくりと歩き始めた。
「お、お許しくださいっ……」
 爪先立ちになった音羽の膝はがくがくと震えている。だが許しを乞う音羽の声など聞こえていないかのように、父は再び無慈悲に音羽の体に鞭を加えた。
「あっ、ああっ」
 音羽の体が激しく悶える。玉のように弾ける汗とともに、白い飛沫が床に散った。液体は音羽の股間から伝っている。あまりの痛みに失禁したのかと思えば、音羽のそこはわずかに頭を持ちあげていた。
 薄い草叢から慎ましやかに生える肉茎は先端から涎を垂らし、父から与えられる鞭に合わせてぶるぶると震えている。
 拓馬は食い入るようにその光景を見つめた。他人の勃起している性器を目にするのはこれが初めてだった。今自分が目にしているものが信じられず、何度も目を擦る。
 父は鞭を振るう手を一旦止めると、震える音羽のおとがいを鞭の柄で持ちあげた。
「淫乱な体よ。そんなにこの鞭が悦いか。次はどこを打ってほしい。はしたなく涎を垂らす竿か? ふぐりか?」
 父が鞭の柄で、ひたり、ひたりと、音羽の局部を順に触っていく。音羽の声に涙が混じった。
「や、やめ……、おやめください……嫌です……、いや……」
 だが、その声は本気で嫌がっているようにはとても聞こえなかった。その証拠に、鞭の柄が竿の先端を持ちあげると、赤く熟れた唇は掠れた甘い吐息をこぼした。
「そうか。ここだな」
 父の口角がにやりと吊りあがる。鞭が再び宙を切った。
「ああっ! あっ、うぐっ!」
 音羽の悲鳴が木霊する。白い肌が破れ、血が滲み始める。
 だが、音羽の花芯は萎えることをしなかった。全身を震わせ、痛みにうめきつつも、音羽は悦びの汁をこぼし続ける。
 もう訳がわからなかった。拓馬は混乱した。気味がわるい。気色悪い。とても見ていられず、慌てて踵を返す。
「逃げるな、拓馬」
 しかし、ひやりとした父の声が、拓馬の動きを止めた。
「これが音羽の本性だ。それを確かめに来たのだろう。目を逸らさず、最後までしっかりと見ていけ」
 父は厳しい声で言うと、鞭を元の壁にかけ、再び縄を取り出した。音羽の左膝を折り、太股と一緒に縛りあげていく。
 そして、縄の端を天井の梁にわたすと、滑車の力を借りて、ぎりぎりと縄を絞った。
「あっ……あ、ぁ……」
 縄に引かれ、音羽の左足が大きく持ちあがる。油を垂らされたのか、てらてらと塗れた会陰部があますことなく拓馬の視線に晒される。
 音羽は尻の穴に、すり棒のようなものを突き刺されていた。
 それも一本ではない。木でできた細いものと、鼈甲でできたような光沢のあるものと二本。深々と根本まで飲み込み、ひくひくと蕾を震わせている。
「美しいぞ、音羽。そうだ。もっと見せてやれ。体の奥を暴かれて感じる、お前の本当の姿をな」
 興奮した父の声。無骨な手が音羽の蕾に刺さった棒を抜き差しすると、ぐちぐちといやらしい水音が部屋に響いた。
「あっ、あっ……」
 音羽が身を捩る。あられもない声が上擦り、次第に大きくなっていく。
「いやだ!」
 拓馬は頭を抱えた。耳をふさぎ、その場に突っ伏す。
 こんなの、こんなの音羽じゃない。父に縛られ、尻を弄られて甘い声をあげるあの男が、自分の知っている音羽であるはずなかった。
「拓馬様……」
 音羽の視線が拓馬に向けられる。涙が滲み、焦点の合わなくなった瞳は、ぼんやりと拓馬を見つめていた。
 その顔には白濁の汁がべったりとこびりついている。いつ出されたものか、誰が出したものなのかは考えたくない。
「うぁ……」
 唇が震える。
「あ、あ、あ、ああああ!」
 たまらず拓馬はその場から逃げ出した。四つん這いのまま土間に転がり落ちて、蛍の舞う庭を一目散に駆け戻る。
 これは夢だ。夏の暑さが見せた幻覚だ。自分は一体いつから夢を見ていたのだろう。
 拓馬は錯乱した。庭を走りながら何度もつまずき、地面の上で膝をすりむいた。けれど構わず屋敷まで脇目もふらず走り続ける。
 一度でも振り向けば、あの男が追ってくるような気がしたからだ。音羽の形をした、汚らわしい偽者が。
 怖かった。暗い闇も、ふくろうの声も、きらきらと眩い星の明かりも蛍の光さえも。
 それより恐ろしいのは、自分の体の反応だった。
「何だよ、これ……っ!」
 どうにか部屋に戻り、扉の鍵を閉めたところで、拓馬はずるずると絨毯の上に崩れ落ちた。寝巻きの上から股間を握り締め、恐怖にむせる。
 股間が熱い。熱くて熱くてたまらなかった。
 それは、離れにいるときから疼き始めていたものだった。まさか、そんなわけないと必死に否定していたが、硬く腫れあがった肉茎は下帯を突き、庭を走っている間もじんじんと擦れて、痛みを訴えていた。
 今までにも朝起きたら勝手にそこが硬くなっていたことはあったが、そういうときは大抵しばらく放っておけば勝手に熱は消えていた。
 だが、どくどくと脈打つ今日の熱はなかなか鎮まりそうにない。
 拓馬は股間を掻き毟った。そこに明確な意思をもって自分で触れたのは初めてだ。
 しかし、掻き毟っても掻き毟っても熱は消えない。思い切って下帯の中に手を入れ、硬く形を成したそこを、本能のまま右手で上下に擦る。
「ふっ……、うっ、うっ……」
 自分で自分を慰めながら、みじめな気分になって拓馬は泣いた。悔しくてたまらない。
 どうして急にこんな事態に陥ってしまったのだろう。これでは自分もあの男と同類だ。
 あれほど恐ろしく、気色悪いものを見せられたはずなのに、体が勝手に興奮している。あの部屋に漂う異様な熱気にあてられたのかもしれない。
 瞼の裏に甦る、うっすらと汗ばんだ白い肌。ぎりぎりと肉に食い込む縄の音。股間から滴るおびただしい量の淫汁。音羽の喘ぎ声。
 ……あれが本当の音羽の姿なのだろうか。父は「最後まで目を逸らさずに見ろ」と言っていた。
 けれど、とても信じられなかった。認めたくもなかった。いつも清廉で慎ましやかな音羽が、あんなに乱れた姿で父に鞭を打たれ悦んでいる姿など、どうやって認めればいいというのか。
 だが、音羽の姿を思い出すたび、股間の熱は不思議と質量を増していく。
「あっ……ぁ、ふ……」
 ついに我慢ができなくなって、拓馬は下帯を取り払った。両手で竿を握り、がむしゃらに扱きたてる。先走りが指の間に絡んで、ぐちゅぐちゅと音が鳴るのにまた興奮した。
 行灯の明かりに照らされ、音羽の左足が縄で持ちあげられていく。すり棒が抜け落ちて、赤い蕾が自分を誘うようにひくひくと口を窄ませる。
『拓馬様……』
 音羽に名前を呼ばれる。腰にずん、と響く甘い声。両手に握り締めた肉茎が痙攣して、体の奥から堪えがたい波が突きあげてきた。
「あっ、あぁ……は……おと、は……」
 嫌だ。こんなの嫌だ。そう思うのに、体は勝手に昇り詰めていく。
 拓馬は扉に背をつけたまま、若い精を放った。両手の中でびゅるびゅると熱い液体が迸っていく。
「っう、く……っ、うっ……うっ……」
 欲望を出し切ったあとに、残ったのは途方もない喪失感だった。全力疾走をしたあとのように全身がびくびくと震える。吐息が弾んで、咳が出た。
 どうしてこんな。こんなことに……。
 悔しくて涙が出る。知識は乏しかったが、自分で自分を慰めるのは恥ずかしい、とてもいけないことだとわかっていた。
 手のひらを伝う粘つく感触に自己嫌悪がこみあげる。初めて覚えた罪の快楽に、拓馬は自分の心まで汚されたような気がした。


(本編に続く)